気ままにノンビリ徒然と…

明日を救うことのできる天使に、偶然なれるかもさ。

幕末バナシ

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龍馬の最期

今日、11月15日は、坂本龍馬の誕生日であり、命日です。
没後140年ということで、
京都霊山で行われている墓前祭も、かなり賑やかになっているんじゃないでしょうか。
行きたいなぁ…


龍馬は慶応3年11月15日(1867年12月10日)に風邪を引いて、
河原町の蛸薬師で醤油商を営む近江屋新助宅母屋の二階で療養していました。
当日は陸援隊の中岡慎太郎や土佐藩士の岡本健三郎、画家の淡海槐堂などに訪問されています。
慎太郎と龍馬が話していたところ、十津川郷士と名乗る男達数人に踏み込まれ、切りつけられました。
その時、龍馬達は油断しており、帯刀していませんでした。
龍馬はまず額を深く斬られ、奮戦するもののそれが原因ですぐに死亡。
慎太郎も重傷を負いますが、数日間は意識があり、事件の証言を残しました。


アニメ「お〜い!竜馬」の暗殺シーン

暗殺犯については、見廻組説、新撰組説、薩摩説、長州説など、諸説ありますが、
140年たった今でも決定的な証拠が見つからず、真実は謎のままです。
このミステリーが解明する日はやってくるんでしょーかねぇ。



色んな人が龍馬の人物評を残していますが、
私は、三吉慎蔵の言葉が一番龍馬の人となりを表してくれていると思います。

「過激なることは豪も無し。かつ声高に事を論ずる様のこともなく、至極おとなしき人なり。容貌を一見すれば豪気に見受けらるるも、万事温和に事を処する人なり。但し胆力が極めて大なり」

ノッポさんじゃないよ

長身”竜馬、実は169センチぜよ
11月6日8時0分配信 スポーツ報知


 幕末の志士で6尺(約180センチ)とも5尺8寸(約174センチ)ともいわれ大柄とされていた坂本竜馬の身長が169センチだったという研究結果が5日、明らかになった。肖像画の着衣や所持品などから身長を推定する方法を2人の学者が開発。その結果、竜馬は平均よりは大きいものの、イメージよりは小柄という結果になった。

 司馬遼太郎氏の小説「竜馬がゆく」の主人公で知られ、大柄とされてきた幕末の風雲児・竜馬の身長は、高くても169センチだったという寂しい研究結果が出た。

 算出したのは北里大の平本嘉助講師(解剖学、10月死去)と山梨県甲州市郷土研究家の矢崎勝巳さん。2人は肖像画などで人物とともに書かれている着衣や所持品をヒントに、解剖学的に身長を推定。

 竜馬の場合、ほとんどの和服の襟幅が当時から6センチか6・5センチのいずれかであることに着目し、全身写真で身長を計算すると156〜169センチとなったという。平本さんによる江戸時代の男性の平均身長は160センチ弱。竜馬はかなり長身といわれてきたが実は平均より少々高い程度。現代では、お笑い芸人のリトル清原氏や小泉純一郎元首相と同じ高さだ。

Yahooニュースより

ふーん、169cmかぁ。

でも、当時としたら大きいほうだったんですよね?

マンガや小説では、龍馬はとにかく大きい!ってことになってますが、

なんでそういうイメージになったんだろーね。

やっぱ、ヒーローは長身でないとカッコつかないってか?

でも、身長なんてどーでもいいわ!

だって好きなんだもーん!(笑)

やっぱり好き!

今テレビを見ていたら、「なんでも鑑定団」に龍馬の手紙が出てました!

これは、以前見逃したやつの再放送だ。

依頼者は、三吉慎蔵のご子孫の方。

もんのスゴイ金額だ〜〜〜!!

5通で6400万!

やっぱ、われらが龍馬です♪

一緒に観ていたヘルパーさんは、「私なら売って家建てるなぁ」と言ってました(笑)

私ならどーするだろう?

そうだねー。6000万あったら、あれを買って、これを買って、あそこへ行って…

いや!龍馬のものを売れるわけない!そんなことできな〜い!

お金は欲しいけど…(笑)

でも、ご先祖が慎蔵ってうらやましい!

実物見てみたいですねー。触ってみたいですねー!

龍馬が触ってるんですよ。もし触れられたら、鼻血ブーですよ!(笑)

最近ちょっと幕末関係から離れていた私の頭が、またグワーッと戻っていきました。

幕末四大人斬りといえば、

肥後藩 河上彦斎

薩摩藩 中村半次郎

土佐藩 岡田以蔵

薩摩藩 田中新兵衛 の4人。

この中の一人、岡田以蔵は土佐に生まれ武市半平太の土佐勤皇党に加盟していました。

以蔵が暗殺に加わったとされているのは、越後の本間精一郎をはじめとして9件との説がありますが、

この全てに関わったという確たる証拠はなく、その殆どに加わっていなかったのではと考える説もあり、

一方では、もっと多かったと唱える専門家さんもいるそーです。

そして、以蔵といえば半平太の片腕のように小説などでは描かれていますが、

実際のところ、半平太はかなり以蔵のことを冷遇していたみたいなんですね。

教養がなく、性格も荒い以蔵を差別していたという話があったり、

八,一八の政変の後、土佐勤皇党が藩内での力を失い、半平太が投獄されたのちに、

京都に潜伏していた以蔵も捕縛され土佐に送還、投獄されたとき、

半平太は家族に宛てた手紙の中で、「あんなアホ、早く死んでくれればいいのに。おめおめと帰ってき

て、親御さんもさぞかし嘆くでしょうな」と書いてます。

それに、彼の自白によって勤皇党の吉田東洋暗殺罪や京都での数々の暗殺事件の露見を恐れた半平太は、

色々喋っちゃう前に、以蔵に毒を飲ませて殺しちゃおうともします。

でもこれは結局失敗しちゃうんですがね。

こういうところから、

半平太は以蔵をただの道具としてしか見ていなかったのではと考えられてます。

うーん、カワイソウな以蔵ちゃん…

でも当時として、また特に差別意識の高かった土佐にすれば、コレが普通の感覚だったんでしょうね。

過酷な拷問に耐えられず、最後は全てを自供し打ち首、晒し首となってしまいます。

辞世の句は、「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき」

”君”っていうのは半平太のことなんでしょうか。

切ない…、切なすぎる!

本当に心の底から悔しかったんだと思います。

中岡慎太郎を読む

イメージ 1

長編でしたが、なんとか今さっき読み終わりました。

ご存知、慎太郎さんの小説です。

慎太郎さんの本となかなか出合えなかった私なのですが、最近やっとこの本をゲットしました。

もちろん小説なんでフィクションではあるんですが、

細かく史実に沿って書かれているので、結構勉強になりましたね♪

話は、脱藩してから近江屋で亡くなるまでです。

コレを読んで、己の未熟さを再確認しました。

「幕末スキスキ♪なんてぬかしておきながら、なんて私は無知だったのぉ〜!」って…

まだまだ精進しなきゃデス。

皆さま、ご指導ご鞭撻のほどヨロシクお願いいたします<(_ _)>


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