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旅立った子
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8月19日に我が家に来たそら
2ヶ月と5日
小さな小さなそらは静かに旅立ちました
生後1ヶ月くらいなのに300gしかなかったそら
自力で食べたのはほんの数日だけだった
殆どの日々はシリンジでの強制給餌
生後3ヶ月くらいで800gもない
イヤイヤするのもか細く弱々しい
でも
もう止める?と口を拭くと安心したように膝に乗り眠りにつく
仔猫でこんなにも食べる事を嫌がる子は初めてだった
成長も遅い
何回か診察はしていただいていたのですが、今回は預かりで診させてくださいと言われました
翌日先生から、食べる量に対して体重の増加が悪い
今の状態から疑われるのはFIP・・・・・聞きたくない言葉だった
検査のための採血をし、家に連れて帰りました
翌日午後4時過ぎa/d缶をミルクで柔らかくしシリンジで食べさせたのですが、そらの要らないよと言わんばかりの顔を見て10ccだけで止めてしまいました
6時過ぎに水分補給のため大好きなミルクだけを与えたのですが、ほんの3ccほどで止めました
そらの顔は
もう良いよ
そう言っているように思えたのです
別れがきた・・・・・直感しました
午後6時45分眠ったまま呼吸が止まりました
そら
今はご飯一人で食べられてる?
眠る時はどうしてる?
いつもお母さんの肩の所で寝ていたそら
お母さんは肩が淋しいよ
膝の上にそらがいないのがとても悲しい
小さな小さなそらなのにお母さんの心の穴はとっても大きいよ
そら
もう一度会いたい
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地域猫現場で保護した小さな黒い女の子
中々ご縁がなかったのですが8ヶ月の時に素敵なご縁が繋がりました
東京のど真ん中の高層マンションでの生活
甘えん坊なこの子はイタリア語で『ポルチェリーノ』と付けていただき幸せに暮らしていました
でも
譲渡前の検査では陰性だったFIVが2年後の検査で陽性となったのです
連絡いただいた時のショックを今も鮮明に覚えています
それからは
FIVに加え乾性の腹膜炎にかかってしまったのです
ポルちゃんのママはありとあらゆる事を試みてポルちゃんの病気と闘ってくださいました
そのポルちゃんママからのメールです
ご無沙汰しています。お元気ですか?
2006年に猫のかりんちゃん(ポルちゃん)を頂いたTです。 4月5日の夜、ポルちゃんが長い闘病生活を終え天国に旅立ちました。 生きている時間の殆どが闘病生活でしたが、あの子から沢山の幸せをもらいました。 ゆきんこさんからポルちゃんを頂いたのが2006年4月12日で、ちょうど7年目を迎える直前でした。 FIVによる免疫力低下で、何度も何度も死の縁をさ迷いながらも、奇跡的な生命力でここまで生き抜きました。 あの時はゆきんこさんにも怒りと悲しみをぶつけましたよね(笑) すみませんでした。 病気になってから6年も生きていたので、獣医からも驚かれていたんですよ。 またいつか、ポルちゃんは私の元に戻ってきてくれると信じています。 いろいろとありがとうございました。 私に怒りと悲しみをぶつけたとありますが当然の事です
健康だと思って譲渡した子ですから・・・・・
この時私も直ぐに検査をしていただいた獣医師に確認を取ったのですが
やはりあの時点では陰性だとの事でした
Tさんに引き取りに伺いますと伝えると
泣きながら
返せません!返したいなんて言っていません!
ただ・・・どうしてなのかどうしたら良いのか分からなかったんです
と
私に話す事で落ち着かれたのかその後はポルちゃんの病状をキチンと報告してくださいました
本当に大変な状態だったと思います
4月に亡くなったポルちゃんの事を何故今書くのか・・・・・
今やっと書けるのです
正直書かないままにしようかとも思いました
ポルちゃんの死を自分の中で消化出来ないままブログに書く事が出来ないから
少し目に白濁が残っていたポルちゃん
甘えたいのに私の後ろで気付くまで待っていたポルちゃん
ママに見つけてもらってお届けしたその日からママのストーカーになったポルちゃん
ママの仕事のお仲間にもお友だちにも可愛がってもらったポルちゃん
幸せだったよね
本当に良いママに見つけてもらえたね
猫性の大部分が闘病だったポルちゃんだけど
きっと幸せ噛み締め旅立ったよね
ママから届いた写真はポルちゃんにお似合いの真っ赤なバラが一杯の写真だよ
ママはポルちゃんには赤が似合うってソファも椅子もマットも首輪もポルちゃんが使うものは皆赤だったものね
絶対ママの所に戻るんだよ・・・絶対に帰るんだよ
数ヶ月暮らしただけの仮母もポルちゃん大好きだよ
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3年前の5月某公園に棄てられていた3頭の子猫
皆幸せになっていました
3頭皆超がつく甘えん坊
紅一点のパンちゃんは私をキャットタワーのように登る子でした
可愛い子なのに中々ご縁がなく、猫親さんのともちゃんに思わず
『もらって』と電話したのが昨日のようです
『分かりました』快く受けてくれたともちゃん
そのともちゃんからの電話
『虹の橋に・・・・』
この言葉しか聞き取れません
(誰が?誰が虹の橋に?)
そのまま駆けつけました
向かう車の中で頭に浮かんだのは むぎ蔵でした
急変したのかな?やっぱりダメだったんだ・・・・・
ともちゃん家に入ると最初に出迎えてくれたのはむぎ蔵でした
(じゃぁ誰?誰なの?)
よねちゃん(パン)でした
あまりのショックに言葉が出ない
どうして?どうして?どうして?
昨夜
日中は全く普段と変わりなく過ごしていたよねちゃん
ともちゃんが
『ご飯ですよ〜〜』
いつも直ぐに来るよねたんが来ない
入る所は決まっているのでそこを覗くと
ぐっすり寝ているよねちゃんの姿が
触ると・・・少し冷たくなっていたそうです
直ぐには理解出来ない状態でした
そのまま朝まで泣きながらともちゃんは抱いていたそうです
一緒に虹の橋に送りました
綺麗な骨でした
苦しんだ様子もなく、寝ているとしか思えないよねちゃん
3歳5ヶ月
ともちゃんのもとで幸せだったね
ともちゃんは自分を責めるけど決してともちゃんのせいなんかじゃないよ
よねっちは幸せだった
ともママありがとう
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8年前公園に遺棄されていたパグの女の子
最初保護した人は面倒見れないと聞き我家に
3キロ台の小さな小さな子でこんなに小さなパグの子は見た事がなかった
ガリガリで下半身の皮膚は象の皮膚のようだった
耳先はレースのようにギザギザ
怪我しても放置されたらしく片目は萎縮し始めていて完全に失明していた
お腹には切開の痕があった
避妊手術痕ではなかった・・・
避妊手術をお願いした先生曰く
素人が縫ったとしか思えない傷痕との事
この子はどんな所でどんな生活をしていたのか
考えるのもおぞましい所だろう
我家で半年暮らして素敵なご縁に巡り会った
神奈川のAさんご一家
先住パグのぷーこちゃんとも直ぐに仲良しに
Aさんご一家に可愛がられすっかりお嬢様になっていた
旅行に連れて行ってもらい、毎日ママにべったり甘える生活
今年1月仲良しのぷーこちゃんが老衰で虹の橋に
小梅ちゃん寂しかったのかなぁ
体調を崩し病院通いに
3月にはもうダメかもという状態になった
入退院を繰り返しパパママに心配をかけた
ようやく落ち着きました
と連絡いただいたのが1週間前でした
突然の訃報だった
朝ママの腕の中で眠るように穏やかに呼吸が止まった
最後にママありがとうと言うようにママを見上げたそうです
小梅ちゃんはまるで眠っているかのようでした
今にもおばちゃん来たの?って起きそうだった
小さな小さな女の子
少し太らしちゃいましたってママは言ったけど
どれだけキチンとケアしてくださっていたのか一目で分ります
小梅ちゃんがどれだけ幸せだったか
穏やかな小梅ちゃんの顔が物語っています
Aさん
本当にありがとうございました
普通の子より手のかかるであろう子を是非と申し出てくださり
6年と7ヶ月深い愛情で包んでくださった
もっと長く一緒に居たかったですとのお言葉に
ただただ感謝の気持ちで一杯です
小梅ちゃん
パパとママお姉さんの事
ぷーこちゃんと見守っていてください
ママが泣いていたら
そっとママの傍に居てあげてね
小梅ちゃん
可愛い可愛い小梅ちゃん
おばちゃんも小梅ちゃん大好きだよ
絶対に忘れない
たまにはおばちゃんの所にも来てね
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