ポルトガル編
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病院の緊急外来の先生たちは「数日はキャンピングカーではなくホテルに泊まりなさい」とアドバイスをくれた。 気分が悪くなったらすぐに病院へ来るようにと言ってくれたが、結局はホテルもなく、キャンプ場もなく、お世話になっているキャンピングカーを駐車場へとめて野宿となった。 ゴールだから写真を撮られるんだろうな・・・。 そう思うと顔に貼られた大きなガーゼは非常に情けなかった。 何度か取って走ったが、妻に怒られ、子どもに怒られ、少し小さめに切って、そのまま走りつづけた。 最終日の走行距離はそんなに長くはなかった。 しかし、11時に到着すると地元のメディアへ伝えてあったので、その時間ばかりが気になった。 いつもはなかなか目的地へ到着できないのに、この日はすぐにロカ岬の看板が現れた。 11時までには行かなければ、でも、なぜかゆっくり走りたい、もっと子供たちと走っていたい。 そんな気分でペダルをこぎ続けた。 本当に終わる日が来るんだ。 5月16日にフィンランドのヘルシンキを出発したときには想像できないことだった。 朝市を開いている人にロカ岬の場所を尋ねた。 500メートル。 そんな距離で終わってしまうんだ。 三人で下り坂のカーブを曲がると、突然、目の前に広がる大西洋。 そして、ロカ岬が遠くに見えてきた。 |
どこへ行くんだっけ? ポルトガル編3ゴールのロカ岬まであと二日。雨が降っていた天気も晴れたので快調に走り出した。 そんなに距離は長くないので、子供たちと景色を楽しみながらの走行。 「もう来ないかもしれないから、しっかりと見ておこう」 そう言いながら走っては撮影、撮影しては走行と久しぶりにのんびりとした気分だった。 畑ではなにやら天草を干している人たち。 見上げれば大西洋からわきあがった大きな雲。 雲の写真なんて撮ったこともない。 あと二日で終わると思うと雲を見ていても新鮮な気持ちになる。 じゃあ、後半もしっかり走っていこう! そう思ってペダルを漕ぎ出した直後だと思う。 突然、握っていたはずのハンドルがなくなったのを覚えている。 ペダルから足をはずさなければと思ったのも覚えている。 でも、それじゃあ、自転車から落ちるしな・・・。と考えていた。 自転車から体が投げ出されるけど、アスファルトの道に転がったらいたそうだなと思ったのも覚えている。 自転車は壊れないかなと心配したのも覚えている。 音は何も聞こえなかった。 その間、約1秒ぐらいだったと思う。 道路にあった穴に気がつかず(雲をながめていたのかな・・・)、転倒してしまった。 その後は覚えていない。 子どもの話では、10秒ぐらい道路に寝ていて、後ろから来る車が他の車に教えるためにクラクションを鳴らしてくれていたらしい。 その後、何かつぶやきながら立ち上がり、自転車を起こして30メートルぐらい歩いて安全な場所に移動したらしい。 その後、子どもたちに「どこへ行くんだっけ?」と尋ねたらしい。 子どもたちが「リスボン」というと、「違うな・・・」と私。 「カルダス」というと「違うな・・・」と私。 この質問を10回ぐらい繰り返したらしい。 だんだんと意識が戻り始め、覚えているのは長男と次男が私を道路わきに連れて行って座らせたり、携帯電話で誰かに連絡したり、通り過ぎる車に配慮しながらてきぱきと動いている姿だった。 「話さなくていいから、座っていて」 子どもたちはてきぱきと動いている。 それを見ていると「なにやっているんだ、こんなに忙しそうに」と突然おかしくなり、笑い出していた。 完全にいっちゃっています。 記憶がなくなったのも、意識が遠のいたのも生まれて初めての経験だった。 近くに病院があったので緊急で診察を受けたが、そんなに大きな事故ではなかった。 ヘルメットがあったので頭は大丈夫だったが、顔を打ったのでそのとき軽い脳震盪を起こしたらしい。 結局、病院でいろいろと検査をされ夜の10時頃に帰された。 キャンピングカーで心配そうに待つ子どもたちとカメラマン。 遅い夕食にはアサリが入っていた。 ヨーロッパへ来て初めてのアサリ。 それだけは鮮明に覚えていた。 http://www.geocities.jp/bicycleeurope/mobell.gif 日本で1万2千人以上、米国で約2万人のお客様が既にモべルワールド携帯電話購入サービスを愛用されています! mobell! |
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