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キューバ記、やっと最終回です。 3週間で1100枚写した写真を整理しながら 綴っていましたが 自分でも訳がわからなくなってしまいました・・・ エドワードの故郷から近い キューバ東部リゾートに約1週間滞在しました。 ずっと車での移動だったので せっかくバカンスに来たのだから のんびりと常夏の島を満喫です。 広大な敷地のコテージなため 移動は乗り物を使うので ハワイ島ヒルトン・ワイコロアビレッジを 思い出しましたがもっともっと広いです。 疲れが出ていたせいか ニコルの姉、クリスティーヌは 前の宿に荷物をごっそりと忘てきてしまい エドワードが探しにいったら 貴重品もちゃんと預かっていてくれました。 暮らしは豊かではありませんが 温かく、誠実で一生懸命に生きている人々を ホテルに宿泊していたら 見ることができませんでした。 でも最後くらいは ちょっと豪華なホテルで寛ぎたい。 どこかのホテルでもみましたが 最近の流行でしょうか・・・? この様なおもてなしも嬉しいですね ある晩のこと クリスティーヌが眠っていたときに コンコンというか、ガツンガツンと窓を叩く音が ベランダから聞こえてきたそうで 彼女が恐る恐るカーテンを開けて 外をみたら大きな蟹だったのです。 怖〜〜〜い とみんなで話している中で 「食べたかった」と言ったのは私だけ・・・ サルサが流れてきたり・・・ 連日連夜カクテルを楽んだり・・・ 焼き豚を食べたり〜 楽しい時間はあっという間に過ぎてゆきます。 途中で1泊して ハバナまで一気に戻りました。 キューバと日本・・・ 支倉常長像だって・・・ 広島の被爆敷石 ハバナの絵皿を買ったらみんなから キューバっぽくないよー ルガノ(スイス)の風景だ! なんて意地悪なことを。。。 ラムもモヒートを作る前に 飲み終わってしまいました・・・ キューバ記のお付き合いを ありがとうございました〜 |
キューバ
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この男の子の名まえはエドワード。 ニコルの旦那エドワードの孫ですが 彼の子供といってもおかしくない年齢です。 キューバでは15歳になると成人式を迎え 大人の仲間入りをし 10代で子供をつくってしまう若者が多く 責任も経済力もまだないため 子供は彼らの親 祖父母に育てられるのだそうです。 隣の女の子に私の日本名をつけました。 ブログではジョゼフィーヌとしておきます。 プチットゥ・ジョゼフィーヌは エドワードの兄の孫で エドワード母の隣の家で暮らしています。 キューバの子供たちも可愛い〜 エドワードの故郷のキューバ東部クエトは あのカストロ議長出身ヤマリの隣村で 道沿いで売られている 野菜や果物を買いながら向かいました。 エドワードを含めた5人が 村から小1時間のオルギンという街に 滞在したのには理由があります。 キューバは警察が国民を監視する他に 近所同士でも監視し合い 普通の民家(営業の申請していない)に 外国人が泊まるとお金をもらったと見なされて 通報されてしまいます。 通報されたら最後で 1000ペソ(10万円くらい)の罰金を 払わされるのです。 1ヶ月の賃金が約15ペソなので かなり重いですね・・・。 クエトでは動物たちも道を闊歩しています。 プチ・エドワードとプチットゥ・ジョゼフィーヌに 洋服やお菓子をたくさん持っていきました。 喜んでくれたかな・・・。 道端で買ってきた食材で エドワード姉が料理を作ってくれました。 のんびり料理をする私とは違い 真剣そのもの、作業が早いです。 隣の兄嫁(ジョゼフィーヌ祖母)も よく見かけたトマトソース(?) ボナペティ〜 105歳のおじいちゃんは エドワードのギターに合わせて歌います。 エドワードのおじいちゃんも 今年の1月に天国に旅立ちました。 ラムを飲みながらサルサを踊ってる最中に エドワード母はいつの間にか 木の上で踊っていました〜 70歳以上のエドワード母ですが こんなことは初めてだったそうです。 ラムの飲みすぎですよ・・・ 言葉が通じなくても楽しく過ごせたのは 温かく迎えてくださったからですね。 エドワード母がお土産に持たせてくれた キューバ産のコーヒーは ほんのり甘い優しい味でした。 クエトの人たちにまた会いたい |
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18〜19世紀に砂糖きび栽培と奴隷交易で 栄えた古都トリニダ。 コロニアル調のかわいい建物群が 植民地時代の名残を色濃く残しています。 鉄の格子が窓に付けられた パステルカラーの建物に オレンジのレンガ屋根、丸い石が敷かれた道 うっそうと茂る南国の木々。 隙間から建物の中をのぞくと 植民地時代からのものと思われる 大きな大きなアンティーク家具やピアノが ごくふつうに置かれています。 レストラン入り口 露天では他の町では見ない 上質なコットンのシャツやテーブルクロスなどが 並んでいたのに気がつきました。 私は宿の方に連れて行かれた小さなアトリエで テーブルクロスと自分用の下着にもできる ロブ(サマードレスっぽいもの)を2枚購入。 どこでも品薄状態 食料品店を遠くから盗み撮り・・・ 広場や道端からは サルサのリズムが流れてきます。 1軒目の宿はベッドに問題があったのと 外にある浴室&トイレの鍵が閉まらなく ちょっと神経質なワタクシには限界で 大変な思いをして次の宿探しをしました。 こんなのもいっぱいいるの〜 1泊でギブアップ・・・ でも屋根からの眺めは素晴らしかったです。 2軒目の宿はとても親切な方たちで おじさんが作ったラムたっぷりの モヒートがすごく美味しかった〜 おじさん、調子に乗って ラムを入れすぎるからすぐ酔っ払う 食事はどこでも同じようなものばかり。 アントレのサラダとプラで10ペソ(10$)なので キューバ人の1ヶ月の収入分くらい。 外側に乗せられた 菜っ葉にハマりました フランスにもありますが ふつう生では食べません コングリ(ご飯)と海老 いんげん豆を煮たものと ご飯を混ぜると日本のお赤飯みたい 看板をださない闇でやっているところが多く 呼び込みの人に連れられていきますが どこでも10ペソと相場が決まっているようです。 1日のんびり過ごした トリニダから20分くらいの海岸。 人が少ないのがいいですね。 友だちの子供がカカ 我が家の DECO の大きな貝殻も この海で潜ってとってくれたもの。 エドワードがなたで切ったココに ラムをたくさ〜ん入れて飲みました。 パラダイス〜 あ、酔っぱらい遊泳はキケンなので 真似しませんように。 トリナダのあとは 私の名前(もちろん日本名)を付けた キューバのかわいい女の子に会いに エドワードの故郷、クウェートです。 |
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1917年砂糖キビ商人が建てた宮殿 PALACIO DE VALLE(パラシオ・デ・ヴァージュ) シエンフエゴスのプウタ・ゴルダ岬の宮殿は 当時は、カジノとして計画されていましたが 現在は見学可能の博物館となり 一部レストランとなっています。 そこは、映画で知る憧れのキューバ。 古めかしいピアノの音色 ジャズ 当時の衣装 感動していたのも束の間で キューバではどこでも ミュージシャンはCDを売りつけ 拒むとチップをねだってきます。 小銭がないと言うと ペンや石鹸や何でもいいから欲しいと 物資不足の貧しい国ならではなのか。 こちらがレストラン。 ゴシック様式とモロッコやチューニジアでみる アラブっぽい丸い形の窓が調和されてます。 取調室みたいな部屋があったり・・・ もちろんトイレ&浴室もあります。 入館料の2ペソ(2$)で 屋上のテラスでカクテルが楽しめます。 太陽の下でのモヒート最高〜 ヨーロッパの建造物と比べると 1世紀前のものなので新しいですが 植民地時代やキューバ革命の 激動な時代を経て静寂を保っているのです。 日本は、お洒落な人気のスポットが 次々と誕生していますが 文化や歴史のない薄っぺらい テーマパークの延長に感じてしまう・・・ この美しい自然も残していって欲しい。 シエンフエゴスから 更に東へ進んで行った途中の田舎道で 物売りからバンレイシ(釈迦頭) という果物で水分補給。 誰もいない砂浜で休憩しました。 ジリジリ照りつける砂浜には 大きな貝殻がたくさん転がっていました。 お馬さん以外誰もいないので 拾う人もいないのですね。 20cmちかくもある貝殻は 我が家の浴室の DECO となってます その土地の砂や貝や珊瑚を 持ってくると2度と行けなくなるという ジンクスは本当でしょうか??? キューバ、また行けるかなぁ・・・ 世界遺産の街、トリニダへ向かいます。 |
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ノエルの DECO が美しいパリですが 強い夏の太陽が恋しくなってきています。 あと少しの我慢・・・。 2010年10月末から3週間 キューバを旅したことが はるか昔のように感じてきました。 ☆ キューバ ☆ 首都ハバナを出発して最初の目的地は 世界遺産の街、シエンフエゴス。 これだけコロニアル調の建物が並ぶ街は カリブ海諸国でも珍しいそうです。 スペイン人が到着したときは 先住民が住んでいましたが ボルドー、ルイジアナのフランス系移民によって 街が建設されました。 ホセ・マルティー公園 カリブ海の海賊たちから攻撃を防ぐための 城塞がこの付近にあります。 カリブの海賊も過去の話。 まるで時間が止まっているかのよう。 地元の人たちの足の馬車である 乗り合いタクシーでひと回りしました。 観光客は何でもかんでも キューバ人の25倍高いのです。 何かの工場みたいですが キューバ国旗がたくさん。。。 さすが社会主義国・・・ こちらは床屋さんの学校。 頼めば一般の人も 切ってもらえるかもしれません。 通りにある床屋さんでカット中。 3ペソ(3$くらい) 暑いのでしょっちゅうカクテルを飲みます。 シエンフエゴスで一番美しいホテル。 キューバとモロッコっぽさが混ざっているのは スペイン時代と関係があるのでしょうか・・・ 夜は小さなレストランでお食事です。 サルサの悲しい調べを聴きながら 揚げたてバナナも美味 小さな熟していないバナナを使います キューバ料理はバリエーションがなく このようなものばかりですが 化学調味料を使わない素朴な味に 私はぜんぜん飽きることなく 喜んで食べていました アントレに生野菜 プラは米&肉か魚が定番で 米はコングリと呼ばれる 日本のお赤飯みたいなもの この日は大きな海老です! 宿は普通の民家が営んでいる シャンブル・ドット(民宿)です。 キューバ人家庭を垣間見ることができるので 好奇心旺盛の私には良い経験になりました。 キューバの どのお宅にもある鉄の門 たくさんのフルーツの朝食付きで 1泊25ペソ(25$くらい)が相場 この街で2〜3日ゆっくりしてから どんどん東へ進んでいきます。 |



