☆〜美味しいものめぐり Paris〜☆

食事は残さず全部いただきましょう〜♡

カンボジア

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アンコール遺跡は素晴らしかった ♬♫・・♫♬
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個人旅行で行くと
時間に拘束されず自由に楽しめますが
自分たちで計画&手配を
全部やらなくてはならないため
多少面倒くさくなることがあります。

アンコール遺跡を訪れるのに
街の旅行代理店に頼むか
タクシーで回るか決め兼ねていたときに
トゥクトゥクのドライバーさんに
声をかけられました。

誠実そうな方だったので
3日間お願いしました。

フランス植民地だったカンボジアは

フランス語が通じると思っていましたが
年配の世代しか話せず
観光客相手に仕事をする人間の多数は
片言でも英語を話します。

トゥクトゥクのドライバーさんは

日本語を勉強中。

学校に通っていましたが
授業料がとても高くて
続けることができなくなってしまい
独学で学んでいるそうです。

サ行がどうしても発音できなくて

桜田ずん子、みたいな感じ・・・。
↑ 古いっ


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さて、翌日向かった先は
待望のアンコール・ワット




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アンコール・ワットは
環濠(お堀)に囲まれた神秘の大寺院




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西塔門の正面では
中国人団体が長々と写真撮影しているので
西塔門のずっと左側をさびしくパチリ・・・




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西塔門から本殿の
中央祠堂までゆっくり歩いていく




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アンコールワットの壁面に
そっと佇んでいる
妖艶なデバダーたちに
時空を越えた世界へ連れていかれそう



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気品と神々しさが感じられる










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よく見ると顔かたちやヘアスタイル
腰巻にアクセサリーが微妙に違う









腰巻をしていないデバダーもいます



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1番外側にある第1回廊




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復元済みの第1回廊南側天井



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第1回廊の壁には壮大なレリーフのアート

南側は天国と地獄がテーマで
下の画像は地獄の1部



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反対の北側は
中国人によって彫刻されたらしく
顔がどことなく中国人風




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第1回廊と第3回廊の間にある
第2回廊には格子が
びっしりはめ込まれた蓮子状窓



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修復作業がなかなか進まない様子で
いろいろな物が
あちらこちらに放置されたまま




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第1回廊西塔門と
第2回廊の間にある十字回廊の柱に
かすかに残った当時の色



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第3回廊の急勾配な階段を登ると
手前に第2回廊
遠くに第1回廊が見えます




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中央塔から見た第3回廊



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第3回廊の階段から
下りたところで
カンボジアの民族衣装を身にまとった
少年少女たちが待機していました



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彼らと一緒に写真を撮ると1アメリカドル。

私は他の観光客たちと同じ様に
カメラを構えたとき
彼らを仕切っているカンボジア人に
私をどかすために
ドンと押されたのです。

タイ人と間違われる・・・ ←クリックしてね♪

タイ人に間違われた私は邪険にされて
隣にいた欧米人マダムのために
場所を空けたておきながら
お金を請求しにきたので
無視しようとしたら
JMが渡そうとしていました。



      一緒に写していないし
嫌な思いをしたから渡さないで。


 そんなの言いがかりだ。
ジョゼフィーヌのケチ!
 
と、ケチ呼ばわりされました。


ケチは事実ですが
ケチ男から言われたくない。

なんだか悔しくなり

ゲンコツ1発入れてやりました。


どの遺跡でも首のない仏像が多いので
係員の方に聞いてみたら
「クメールの仕業」と言っていましたが
クメール・ルージュのことなのだろうか・・・。



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それでは、またあすた



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   違いまーす。あ・し・たですよ。

はい。わかりまた。
では、また、あた!!



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カンボジアは3日間かけて
たくさんの遺跡を訪れたので
全て書けないかもしれませんが
思い出したように綴っていくつもりです。


バンコクから1時間くらいで

シェムリアップに到着。

タイ北部とは違い
ムワ〜ッとかなり蒸し暑い。


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初めての地、カンボジアに
ワクワク胸を躍らせながら歩きました。



小さなシェムリアップ国際空港
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中心部からやや外れていますが
親切な日本人スタッフの男性がいる
1週間滞在したホテル。



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写真では狭く見えますが
ゆったりめのコロニアル調の部屋と
バスルームにも
観葉植物やお洒落な小物が置かれています。



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食べ終わると

また運ばれてくるフルーツ



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カンボジアも日が暮れるのが早く
食事を済ませて
毎晩プールで過ごしました。



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日本人のツアー客も滞在してましたが
プールでは見かけたことがありません。

1〜2泊くらい泊まり
遺跡巡りをして去っていくのだろうか。




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朝食も充実しているが
カンボジア料理より
コンチネンタルの方が
割合を占めているのが残念でした。



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朝粥にトッピングするもの











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カメラと一緒に
チラリと見えるのはワ・タ・シ♪








1番のお気に入りは
注文して作ってもらう麺。



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毎朝会うので顔なじみになり
こちらでもどこの国の人間か聞かれました。

いつも逆に問いかけますが
タイ、マレーシア、中国、シンガポールの順で
日本人と言われたのは

ほんの数回だけです。

若い頃はスペイン、南米とかだったのに・・・

目が大きく、小麦色に変わりやすい肌のため
日本人とは思わないそうです。

でも、中国人は勘弁してもらいたい。

日本人と知ると親切にされますが
犬猿の仲のタイとカンボジアで
タイ人と間違われる私は
至るところで損をしています。


東南アジアで嫌だな〜と思うことは
例えば、タイでは
この国も階級社会があり
血筋や家柄ではなく
経済力のある人間が上の階層となります。


面白いのが欧米人と日本人は
上の階層に受け入れられますが
何も知らないで下層のタイ人男性と
結婚してしまった日本人女性は
下層の人間になってしまいます。


タイでも現地人に間違われる私は

欧米人のJMといるとおかげで
上の層になったと思われるため
屈辱的な気分にされることがある。

カンボジアでも似たようなことがあり

欧米人と一緒にいるおかげで
裕福になれたタイ女め!みたいな…

↑ かなり被害妄想〜@@



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ホテルから少し歩くと
アンコール国立博物館があり
あまりにも蒸し暑いので
ここで休憩したかったが
入館料が12ドルもするのでやめました。

※カンボジア人は3ドル


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暑さでダウンしていたところ
インド系観光客の女性から
休んでいないで
お釈迦様の物語の素晴らしい壁画を
見ることをすすめられましたが
そんな気力などない・・・



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シェムリアップの市内まであと少し!!



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カンボジアの嘆き



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胸の中にズーンと鉛の様なものが
ひっかかったままで
どんなに悔やんでも
時間はその瞬間に戻りません。


カンボジア・・・

私が初めて興味を持ったのは
子供の頃に読んだミステリー漫画で
主人公がカンボジアの遺跡群に
迷い込んでいく話でした。

大人になったら訪れたいと

夢を膨らませていましたが
そのうち内戦や地雷などの
恐ろしいニュースを目にするようになり
興味が薄れてしまい
長いことカンボジアのとを忘れていました。


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タイ・カンボジア国境のプレアビヒア寺院という
世界遺産をめぐる争いが激化している中
カンボジアへ渡ることを
タイでお世話になったS氏から
かなり心配されました。

空港で入国する為に

25ドルを払いビザの申請をし
出国時のタックスも25ドルかかる。

空港から15分くらいのホテルまで
空港タクシーで7ドルで
その間、遺跡めぐりのセールスを
さんざんされて少々ウンザリしてました。

(帰りのホテルからのシャトルは12ドル)

ホテルから街の中心地までは
トゥクトゥクという乗り物が便利で
だいたい2ドルが相場らしいが
値切れば1ドルでも行ってくれます。

USドルが流通しており

紙幣しか使えない為
1ドル以下のおつりは
現地通貨リエルで渡される。

フランスと変わらない価格のものが多く

カンボジアの人々の生活水準から考えると
外国人に対する価格が
高めに設定されています。

寺院や街では
物乞いをする人々や地雷の犠牲者
物売りの子供たちで溢れていました。

かなり昔のインドネシアと
あと、どこかの国だったか
他でも見た光景を思い出しました。



カンボジア2日目の夜のこと・・・
 急いで食事へ行こうと
ホテルから出てきたところで
5〜6歳くらいの男の子が
走り寄ってきて
私に向かい手を合わせました。

「またか・・・」と
その裸足の男の子とすれ違いぎわに
しゃがみ込んでお願いするような姿が
チラリと見えましたが

何も見なかったかのように
足も止めずに無視してしまいました。

お腹が空いていたのに違いない
後から気になって仕方がなくなり
その男の子のことに
自分がした行為の罪悪感が
大きくなっていきました。

食べ物やお金を渡したとしても
その場しのぎにしか過ぎないので
また同じことをするかもしれませんが
その場をしのがなかったら
死んでしまうかもしれない。

それより、小さな子供に
このようなことをさせてはいけない。
考え出すと
涙が止まらなくなってきます。

毎日同じ時刻にホテルの前まで

その子を探しに行きましたが
二度と見ることはありませんでした。

こんな気持ちになるのなら
カンボジアに行かなければよかった。


3日間遺跡めぐりをお願いした

トゥクトゥクのドライバーさん。



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母親が栄養失調で母乳がでなくて
妹さんが亡くなった話しや
カンボジアの悲惨な現状を
いろいろ聞かされました。

アンコール遺跡のおかげで
観光収入があるのに
政府は何もしてくれない。

遺跡で土産物を売る子供たちは
親が事故やエイズで
亡くなってしまった孤児が多い。

小さな子供の殆んどが
たくましく英語で
土産物を売っています。

下の画像の男の子は
英語の他に日本語も少し喋り
「おにいさん、おにいさん」と
人懐っこく寄ってくるので
「女の人は、おねえさん」と教えて
ポストカードが必要なので買いました。



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遺跡の中からヒョッコリ現れた
女の子からも
アンコールワットのポストカードを。



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手持ちのフルーツを渡したら
喜んでくれました。



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トゥクトゥクのドライバーさんに
連れて行ってもらった
孤児の子どもたちが暮らしている家。

朝と夕方と
ローテンションを組み学校へ行き
他の時間は観光客相手に
土産物を売っています。




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近所にあるもう1ヶ所は
アートに力を入れている孤児院。
Prphans & disabled arts association



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最終日に連れてきてもらって
本当によかった。

政府からの援助が全くない為

わずかな募金や
子供たちが土産物を売っても
ぜんぜん足らないのだそうです。

持ち合わせの現金がなかったので
気持ち程度しか置けなかったけど
いつの日か
少しばかりでもまとまったお金を送りたい。

私がカンボジアの子供たちにできることは
この地で見て感じたことを
いつまでも忘れないでいることくらいです。

そして、少しでも多くの方に
知ってもらいたい為
ブログに綴ることにしました。




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