埼玉県名発祥の地、国の史跡に指定された「埼玉(さきたま)古墳群」。8基の前方後円墳と1基の円墳が残っており、全国有数の大型古墳群である。この古墳群は、関東平野の中のなだらかな微高地の先端に位置し、周辺には利根川と荒川に挟まれた肥沃な水田地帯が広がる。埼玉県は、新たに発見された小型円墳跡も含めてこの地域約30万平米を古墳公園「さきたま風土記の丘」として整備し管理している。 古墳時代、このあたりは、すぐ東が東京湾につながる埼玉沼という大きな湖に突き出た半島だった。湖に面した半島の先端は、北武蔵に盤踞した氏族にとっては格好の奥津城だったのだろう。5世紀の終わりから7世紀の始めにかけて、族長クラスの大型古墳がこの地で次々と築かれた。現在9基の大型古墳が東西600m、南北900mの狭い範囲に、旧状をよくとどめながら隣接して群れをなしている。 この古墳群のうち、丸墓山(まるはかやま)古墳は日本最大の円墳であり、二子山(ふたごやま)古墳は武蔵野国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部)で最大規模を誇る前方後円墳である。さらに、稲荷山(いなりやま)古墳は、昭和43年(1968)の発掘調査によって、国宝の「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」を出土したことで全国的に知られている。丸墓山古墳以外はすべて前方後円墳であり、不思議なことに、いずれも後円部をほぼ北に向け築かれている。 丸墓山古墳の桜 丸墓山古墳より稲荷山古墳を望む 丸墓山古墳より行田市街 古墳群位置図 案内マップ
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桜
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丸墓山古墳より将軍山古墳を望む 将軍山古墳の菜の花 将軍山山古墳より丸墓山古墳を望む 撮影マップ
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埼玉県名発祥の地、国の史跡に指定された「埼玉(さきたま)古墳群」。8基の前方後円墳と1基の円墳が残っており、全国有数の大型古墳群である。この古墳群は、関東平野の中のなだらかな微高地の先端に位置し、周辺には利根川と荒川に挟まれた肥沃な水田地帯が広がる。埼玉県は、新たに発見された小型円墳跡も含めてこの地域約30万平米を古墳公園「さきたま風土記の丘」として整備し管理している。 古墳時代、このあたりは、すぐ東が東京湾につながる埼玉沼という大きな湖に突き出た半島だった。湖に面した半島の先端は、北武蔵に盤踞した氏族にとっては格好の奥津城だったのだろう。5世紀の終わりから7世紀の始めにかけて、族長クラスの大型古墳がこの地で次々と築かれた。現在9基の大型古墳が東西600m、南北900mの狭い範囲に、旧状をよくとどめながら隣接して群れをなしている。 この古墳群のうち、丸墓山(まるはかやま)古墳は日本最大の円墳であり、二子山(ふたごやま)古墳は武蔵野国(現在の埼玉県、東京都、神奈川県の一部)で最大規模を誇る前方後円墳である。さらに、稲荷山(いなりやま)古墳は、昭和43年(1968)の発掘調査によって、国宝の「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」を出土したことで全国的に知られている。丸墓山古墳以外はすべて前方後円墳であり、不思議なことに、いずれも後円部をほぼ北に向け築かれている。 丸墓山古墳の桜 稲荷山古墳から丸墓山古墳を望む 古墳群位置図 案内マップ
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音楽寺から武甲山を望む 音楽寺周辺の桜 撮影マップ
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奥の院の十三地蔵尊(札所を開いた十三人の聖者)と桜 撮影マップ
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