不思議体験

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1、吾、生れ故郷の近くの村に、商売の神様「松下幸之助」の生家。

2、同じ市内に、植物学の巨人「南方熊楠」の生家。

3、南方熊楠がイギリスから帰って住んでいた和歌山県田辺市の近くに合気道開祖「植芝盛平」の生家。

4、息子の嫁の実家近く(北海道北見)に合気柔術「佐川幸義」生家。

5、植芝盛平の先生でもある「武田惣角」が佐川幸義宅に長く逗留、合気柔術を指導。

6、植芝盛平も北海道開拓団として息子嫁の実家近くで従事していた。

7、会社に勤め初めての転勤先での仕事が福岡県柳川市。柳川城主の息子として生れた 哲人「中村天風」がいました。

8、空海の開いた高野山の別れ新義真言宗の本山根来寺が吾の実家近くにあり子供のころ遊んだ。

9、高校生の時蓄膿症の手術をしてくれたのが神人(じんにん)先生でした。

以上もともと知っていたのは「松下幸之助」だけで、あとは本を読んでから、そうなんだと知ったことです。

別に不思議でもないんですけどもね、わたしだけなんとなく近しく思っているだけです。

私は、普段末っ子でなにをするのもひとりでぽつんと遊んでいた。そして、むしろそれがいやではなく、そうしていたかったふしがある。

とにかく子供のころから非常な恥ずかしがり屋さんだったからである。

そう言う性格で、重度の蓄膿症で鼻をかむと、「すとん」というかんじで黄緑色のねばねばの羊羹のヤワヤワのような膿がきれいに出た。しかしものの一時間もするとまた鼻の奥からほっぺ、にかけての穴に息もできぬほどいっぱいに詰まるのである。息もできぬというのは、気を抜くと青い鼻汁が二本のトンネルから出てくるのである。
私は恥ずかしがり屋であると前に行ったが、この状態を人に見られるのが死ぬほどいやなのである。
だから、人と話もしないで、鼻をかめるまで我慢するのであった。授業中はづっと我慢して休憩時間になればトイレに飛んで行って思いっきり鼻をかむのである。これが大体の毎日の日課であった。

そして、困るのが、鼻汁満たんの状態の時、先生にあてられた時である返事が出来ないのである。
一度ならず、飲み込んでしまったことだある。トロッとした鼻汁の塊が口になかに簡単に鼻の奥から入ってくるのである。物を言うには飲み込むほかないのである。

これを思い出すたび胸が悪くなり、胃が気持ち悪くなる。

何も考えず、ひたすら先生にあてられないことを祈って、空の状態でトイレへ駆け込むまでじっとしているのみである。授業が一時間づつでそのつど休憩があればもっと楽であったろうと思う。

この苦しみがなくなったのは高校になってからであった。
ついに蓄膿の手術をすることになったのである。(それまで体力の関係から手術ができなかった)

このときの耳鼻科の先生は「神人」という姓であった。神人耳鼻科院長。

この「じんにん」という珍しい姓に私は不思議さを思うのである。父が決めてきてくれたのである。

それは、二階の、教室でした。

お昼休み時間の前の、中間の休み時間のことでした。

前回の、記事と同じような状況になりました。

授業の始まる前、担任の先生(女)が来る寸前のことです、廊下に私1人になりました。

と、廊下の向こうからやくざの息子(小学校の時の近所の子)と同じクラスの子が(となり村の子で小学

校は違う、ふだんから私に、なんだかだといちゃもんつけに来ていた子)私の方に一直線に向かってきて

いきなり同じクラスの方が私に殴ってきたのです。

瞬間、それは見えたのですが私に殴られた衝撃は一切なく、私自身は、その一瞬後、一階への階段に向か

って逃げるように走り出したのでした。相手は殴った自分のこぶしが、透明の防弾ガラスに阻まれたよう

でなにが起こったのかとポカンとしているのが見えました。

そして、不思議なのが先ほどからの様子をじっと見ていた、もうひとつの自分がいてすべての中心になっ

ていたことでした。走り去った肉体の自分の方は、まるで第三者のようなのです。

その上、階段を下りていっかいの廊下を歩いてくる担任の先生と会うと、いきなり殴ってきた相手のこと

を先生に言いつけている自分が二階から見えているのです。情けない自分が・・・そして二階に戻ってき

た自分とすぅっと合体しました。その後社会人となって38歳ころまでそのことは忘れていたのです。

38歳頃より精神世界に興味を覚え、精神世界の本を読んでいるうち肉体次元と本心・霊体が分離するこ

とがあるのだな。ということが思い出されたのでした。

そして、私が42歳のころ、そのヤクザの子は、その後本物のやくざになっていて、ある日(結婚してい

て年に二回ぐらい実家に帰っていた)親父からそのヤクザの子は死んだという事を聞きました。

名前は、同じ「せいじ」(漢字で書くと違いましたが)でした。

私が、空手を習ったのも、そのやくざの家の用心棒が、兄弟で空手をやっていて庭でいつも空手の練習を

やっていたのを子供のころからなんとなく見て知っていたからでした。

それは、何年生のころかは思い出せません、算数の問題(まだ習っていない問題だった)を、算数が嫌い

な私なのになぜか一生懸命考えていた。と言っても、あれこれ紙に書いたり、計算したりするのではな

く、ただ問題を一生懸命眺めていて、じっと、考えるでなく考えるという感じでした。

どれくらい時間が経過したのか覚えていないのですが、突然いきなり答えがわかったのです。

計算式とか公式とか全く関係なく、教えてもらったことのない計算でした。でもこの答えは絶対正解だと

感覚が思いました。そして問題集の答を見ました。かなり込み入った計算式から導かれた答えは、はたし

て正解でした。これは本当に不思議な感じがしたものです。

このとき、頭の中(目の奥あたり)に皿のようなものが出来パチンコの玉のようなものがくるくるとゆっ

くり回っていてそれが回りながら少しづつ回る円が狭くなり真中にある穴にコロンと入ったとたんに閃く

ように、さきほどのこたえが一瞬にわかったのです。その後の人生で同じようなことが一度もあらわれ

ていません。本当に不思議です。

それは、小学5年の時でした。私はどちらかというと非常におとなしく体格は背が高く大きい方でした。

運動は、苦手というかあまり積極的にしない方で、喧嘩もしたことがありませんでした。他人が喧嘩をし

て顔を殴りあったりしているのをみて、怖いなぁとおもい、自分はそんなことに絶対ならないタイプで

す。だから、誰も喧嘩のような事を仕掛けてくることがないのです。

それが、休憩時間が終わり運動場から教室に帰るとき、周りに誰もいない状態となりヤクザの家の子と二

人きりになり、その子が私に組みかかってくるのです。私は困ったなぁと思いながらできるだけ抵抗しな

いように仕方なしに、相撲みたいなとっくみあいをしていました。

それが、不思議なことに、私がちょっと体をひねって足がかかるような感じになり、見事に相手がすって

んとばかりに転んでし舞うのでした。

相手は、首を振り振り起き上がってきては何度もかかってくるんですが、何度来ても見事に投げられてし

まうのです。私自身があっけに取られ相手が本気になって殴りかかってこないか気になりながらも、倒さ

れるのも怖いので、逃げながらも相手を投げてしまうのでした。そのうち相手もあきらめたのか服の砂を

払いながら首をかしげかしげ教室へ戻っていきました。

私は不思議だなぁと思いながらも、すぐ何事もないように忘れてしまいました。

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