神話の頃(サンケイ新聞)
耶馬溪〜阿蘇〜高千穂
大分県立博物館
神話の頃
古事記によると、伊邪那岐・伊邪那美・の二神が淤能碁呂島の天之御柱をまぐり、まぐわいして生んだ国々の「大八州国」伊予之二名島(四国)大倭豊秋津島(本州)など代表的な島々の中に筑紫の島がある。これが九州で、日本の古代史に欠くことのできない国であり、神話の国である。その数々の神話については種々の解明がなされていて、今日ではそれらの神話は天皇家が藤一国家を造る都合上、各地の神話(高天原系、出雲系、筑紫系など)伝承などを意識的に組み合わせ、支配者としての正統性を強調、もしくは確証ずけようとして作ったものであろうというのが通説となっている。
そこに出てくる高天原は実在の地名がもっていた「高い峰に降る」という、日の神の子孫の国土支配説と「稲穂を高く積みあげたところ」に日の御子が降るという、楠方農耕民族の信
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青洞門
2007/11/3(土) 午後 9:08
英彦山に源を発する山国川が溶岩団地を浸蝕してつくりあげた渓谷で、頼山陽がその奇勝をたたえてから全国に知られ、観光地としての歴史は古い。
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北九州
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朝鮮半島
2007/10/30(火) 午前 10:45
百済の里 西の正倉院
朝鮮半島を通じて滔々とと流れ込んでくる大陸文化はまず北九州に停まり、本州、四国へと進展して行ったのである。
二世紀の初期に至っても北九州にも、南九州、さらに大和地方、出雲地方にも勢力を誇る部族国家がひしめいていたのが、中期に至ってようやく、倭国の乱以後対外的、政治的不安から近隣の国々の邪馬台を中心とした連合の機運が生じたの
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