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さて、私の通信販売で購入したクリスは、あくまでも「商売繁盛」を願って購入したものでありますが
私的には、そこまで信心しては居ないし、神社で戴くお守り的にお財布に入れておきました。
ついその存在を忘れ、或は思い出しても出来もせず
トイレには何度も連れて行ってしまいました。
だって、一人で行動している時に催してしまったら、誰に預けてトイレを済ませば良いのだろう?
トイレのドアの横においておくのも変だし(笑)
「イカンなぁ...イカンと書いてあったよなぁ...」と思い出すと考えましたが
仕方が無いものは仕方が無い。心の中で「ごめんなさい」と言うことで
1年位は過ぎたでしょうか?
その頃は、旦那も本格的にバリに住み始め、でも、子供の学校の送り迎えは
私が行っていました。旦那はサイドビジネスで車の売り買いの仕事をしており
自宅には新しい車が来ると、前触れも無くお客さんが来ると言う状況でしたから。
私はこれも売り買い用のトヨタのセダンに乗っていました。
旦那が購入してから2.3日目の車でした。売り物なのに日常でも使うと言う案配(笑)
いつもの様に息子を車に乗せ、レギアン通りを走っていました。
学校はクロボカンに有り、朝のすいているレギアン通りがいつもの道順でした。
息子はおしゃべりで色んな話を私にします。
ふと、「マントラを唱えないといけない」と言う考えがよぎりました。
何故かは解らないけれど...
「ねぇ、WEST、ママはマントラを100回唱えないといけないから、
少しの間、おしゃべりを止めてくれないかな?」
WESTはやけに素直に黙りました。
運転をしながら心の中で、マントラを唱えました。数えながら唱えました。
100回が終わり「もう良いよ」と息子と普通におしゃべりしているうちに
学校につきました。
息子に「じゃ、今日も頑張ってね」と言い元来た道を家に向かいました。
その時間位にはレギアン通りは既に渋滞です。
今はそこまでの渋滞は無いですが、テロ以前のバリ島は渋滞がものすごかったんです。
ギアを1足にいれ、少し走り止まる、の繰り返し。
前側にはグリーンのフェローサありました。
と、少しの空白な時間の後「ガチャン!!」と私の車は何かにぶつかりました。
前側のフェローサのバンパー部分に、私の車は突っ込んでいました。
「????事故????」...と言う考えの後、やっと我に返った様な気分でした。
前のフェローサの運転手は金髪の男性でした。セダンの中で呆然としている私を
ちらりと見た後、自分の車を点検し「ノープロブレム」と私に手で合図をし
又車に乗り込んでそのまま、真っすぐに進んで行ってしまいました。
「何?どうした????何が起きたんだ??????」
「とりあえず、渋滞を抜けてから自分の車を点検しよう」
と、呆然としながらも私も先に進みました。
横道に反れ見てみると、エンジン部分の蓋がぐしゃりとつぶれていますが
エンジンには何も支障はない様です。
家に居る旦那に電話をし、事情を説明しました。
その後、仕事の予定がありましたが、家に帰る事にし、旦那に見せました。
「こりゃ、ケトッ マジック(ジャワ式の修理の仕方)だな」と、旦那は修理屋に
車を持って行ってしまいました。
多分、多分ですが、私にはどうしても
「あのマントラを唱えていなければ、死んでいただろう」と思えて成りません。
それも、バイパスとかで軽快に走っている最中、死んだ事にも気がつかない位に
事故していたのでは???と。
修理屋から帰って来た旦那。
「この車、1週間位前にデンパサールで赤ちゃんを抱いた婦人をひいて居たらしい。
婦人は即死で、赤ちゃんは誰かに引き取られたらしいよ」と
車の売り買いの仲間から聞かされたそうだ。
今でも思い出すと不思議な気分に成り、そして感謝の気持ちも...
偶然と偶然が重なったにしては、何とも不思議な体験でした。
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