バリ島で生きてます

4人の人間家族と4匹の犬、10匹の猫、その他大勢と暮らしてます。

インドネシア国内旅行

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ジャワ島の旅 No.4

インドネシア国内旅行の書庫を作りました。
これから先、インドネシアのどこを旅行するかは分かりませんけれど(笑)

又少し時間が空いてしまいましたが、続きを。

ジャワ島に着いて4日目も山登り。
今回は以前にも何度も行った事の有る山。
12月のサトゥスロの旅行の時にも登った「カリグア」です。
でも今回は一番上の頂上まで。

今まで登った山々の親玉がグヌン スラマッだと書きましたが
グヌン スラマッは調べた所、3400mちょっとの高さだそうで
カリグアは多分2500m位。
頂上の途中に、グア ジュパンと呼ばれるインドネシアが独立するきっかけに成った
戦争中に日本人の作った洞穴が有ります。
「グア」は洞穴とか洞窟とか言う意味、「カリ」と言うのは川の事です。

グア ジュパンの有る場所までは、我が家の車でも登れますが
その先頂上までは絶対に無理と言う事で、今回も車をチャーター...と思いましたが
朝から探してもルバランの忙しい時期、4輪駆動は出払っているし
知り合いのピックアップももう仕事が始まり、出払っている(泣)

で、ベモと呼ばれる乗り合いミニバスを借りようと成りました。

このベモはカリグアの青年がカリグア行き専用で毎日町から山まで往復しているそうなので
あの急坂も安心でしょうと言う事で、これに決めた。
が、今すぐには出発出来ないよ。毎日のお客さん達が居るので
その人達をカリグアまで送って行ったら又ブミアユに来るので、その後ね〜〜と言われた。

ベモは10人位乗ったら一杯になってしまう様な大きさなのだけれど
ブミアユからカリグアに行く人は6人位しか居ない。
貸し切りでなくても良いから一緒に乗って行こうと、その辺のおじさんやおばさんと一緒に
乗り込む事にする。

おじさんおばさんの荷物も乗り込み、結構ぎゅうぎゅう詰め状態に成ったけれど
まぁ、おじさんおばさんは頂上までは行かないので、1時間位の我慢だ。

さぁ、出発〜〜〜と、エンジンがかかり...エンジンがかかり...エンジンが.....

かからない(泣)


バッテリー切れなのか、エンジンがかからない。
皆で押して、エンジンはかかったが、頂上までの道のりは???大丈夫かよぉ!!!


と、一抹の不安。


だって、私の知っているジャワ島の山登りの為の道なんて
ぎりぎり車一台がやっと通れる、それも、出来るだけ道のりを短縮したいのか
急坂が半端じゃない.....




まぁ、いつもの事だ。運は天に任せよう。



さて、今回は初めてグア ジュパンに入りました。
全長850m位は有るそうで、中は蟻の巣の様に色々な部屋が有るそうです。
入り口はかがまないと入れないが、中の方は立って歩ける程の高さの洞穴。
いつもは洞穴の中は真っ暗けで案内の人と一緒でないと、出れなく成る恐れも有るそう。
が、ルバランで沢山の人がやってくる為か、洞穴の中には所々に蛍光灯が設置されているそうだ。

洞穴の中で、旦那はあちらこちらにカメラを向けて写真を撮っていたけれど
私は3分の2位進んだ頃には「頭が〜〜重い〜〜〜。肩が重い〜〜〜」と成り、
写真を撮る気にはなれない...

なんだか、人の思いとか、勿論ここで亡くなっている人も居ると思うのだけれど
エネルギーが淀んでいると言うのか、当時の無念とか寂しさとか悲しいとか
ネガティブなエネルギーが充満しているようで、辛いんです。
一番ひどかったのは、ルワガン タハンと書かれていた手前で
「もう外に出たい〜〜」と旦那に訴えた位。
ルワガン タハンとは、刑務所の様な場所。

私が祈って、浄化出来れば良いけれど、私は普通の人間だから無理だよ。


やっぱりね。こう言う場所はタダの好奇心で見に行く場所では無いと思うんです。
それまでは、「日本人が戦争中に住んでいた洞穴」としか知らなかったのですが
出て来てから聞いたら、ここには囚人が捉えられたり、
洞穴も勿論日本人が直接掘ったのではなく
民間の人たちに強制労働をさせた訳で.....


戦争は全体で見るとあらすじしか分からないけれど、
個人の部分で見て行ったら、一体どの位の人たちが、ここで無念を味わったのかと思うと
本当に怖い物だとしみじみしてしまう訳です。

カリグアは今では山から山へとお茶畑になっており、大変にのどかな景色が続く場所ですが
そんな中にこうした場所が今でも存在している。

ここで亡くなった人々に合掌。どうぞ安らかに.....




さて、気を取り直して頂上へ向かう。
ここからはおじさんおばさんも家へと帰って行ったので貸し切り。

うららかな、お茶畑を廻りに見ながらいざ頂上へ〜〜〜〜と思ったが

怖いんですけどっ!!

もう、道とは呼びたく無い様な崖っぷちに細々とした舗装もされていない道が
頂上に向かいぐるぐるとしている訳ですが、これ、「落ちたら終わりじゃん」と
はっきりと結果が見える様な、道なんです(泣)

車中我が家族は、けっこう無口に成っていました(笑)←今だから(爆)


「まじぃ〜〜!こんな道ですかい!?おまけにこの車、途中でエンジン止まるかもしれないし」

と、心の中では色々な考えが過りまくり。

車はグア ジュパンから頂上まで時速3km位のスピードで、ギアはローに入れっぱなし。
あんまり車の運転の事を知らない息子達とその彼女、そして姪っ子は
結構呑気そうにしていたけれど、
こんな時には「ああ、車の事なんて何にも知らない方が幸せだよなぁ」と思います。


そんな緊張感と、ああ奇麗だなぁの気持ちに揺れ動きながらいよいよ頂上へ。

緊張の後の為かろくな写真しか撮っていないけれど、雰囲気は伝わるかな?

どこを見てもお茶畑。
イメージ 1


この辺りはのどかな散歩道。
イメージ 2


一番向こうに見えるのがグヌン スラマット。山の左側から煙が出ている。
イメージ 3


ほらね。奇麗なお茶畑でしょ?
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こんな雲とか
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いつも駆け足のジャワ島旅行だけれど、次回はじっくり山を楽しみたいな。
ホテルとかじゃなくて、キャンプをして、自炊して、しばらく長く山の上にいたいな。

そんな風に思った私です。

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ジャワ島の旅 No.3

23日は別な山に登る事にする。

1月のサトゥスロの時に、途中まで上り断念したチ プンドッと言う山だ。

私はこの山に、結婚後のすぐに登った事が有る。
登ると言うよりも、「這い上がる」といった方が正解かもしれない。
道無き道、大きな石(岩と言う様なごつごつしたものでは無く、つるつるしてるけれど
這い登らないと成らない様な大きな石)を超えながら、たどり着いた先に有る
手つかずの「滝」がそこに有る。

この頃の私と旦那は、全く言葉のコミニュケーションが出来なかったので
旦那は話したくても話さなかったらしいが、旦那の秘蔵がここにも有った。
お正月、この山に向かう時に話してくれた旦那の体験話。

ジャワ島の旅 No.2でも書いたけれど、旦那は自分を知りたいと本気で思っていた時期に
この山にも登った事が有るそうだ。
そうしてこの滝の滝壺に入り込み、瞑想をしたそうだが
ふと我に帰ったら2日間も時間が過ぎていたらしい。
バイクのベスパに股がり、行ける所までバイクで上り、これ以上無理だと言う所に
バイクを置き、その後は徒歩で滝壺まで行き、夜中に瞑想をはじめて
我に帰った後、バイクまで戻ったら、その辺の村人が
「誰のバイクだろう?どこに行ったのだろう?」と騒いでいたらしく
「今日は何日ですか?」と聞いて2日も経っていて、旦那自身もビックリしたらしい。


「で、その瞑想中に何を体験したの?」と聞いても教えてくれない。
気がついたら2日も経っていたとしか話してくれない。

多分、そう言う体験は言葉で話せるものではないんだろうな。



案の定、この山も沢山の人が来ており、おまけに滝壺まで簡単に行ける道が石で作ってあった。
ちょっとしたワルン(インスタントコーヒーや、軽い食事が出来る所)まで近くに有るし。

ああ、人間て、お金に成る事なら、どんな大変な道でも作ってしまうんだな...と
ため息が出たけれど、仕方が無い。



私が登った時はもう18年も昔の事だから、途中までの道のりは何とか車で上れたが
その後に作られた人工の道は無く、まさに這い上がる感じで登った後に見たこの滝。
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息を飲む程に美しく、荘厳なと言う言葉がぴったりな、何とも清い凛とした空気が流れる
すばらしい滝だった事を思い出す。

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廻りは未だ手つかずの山々。

イメージ 3

イメージ 4

旦那はこの滝壺の滝の後ろに座ったらしい。
で、2日間もそこに居たって?一体どんな体験をしたのだろう。

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実は我が家の車では登れない事は分かっていたので、車をチャーターしました。
と言うとカッチョ良く聞こえますが、ボロボロのピックアップ(笑)
我が家のヒーヒー言いながらローンで購入している新車よりも
こいつの方が山登りに適しているって?(笑)
乗っている野郎どもは旦那の幼馴染達。
荷台の一番後ろでカメラを構えている私の前に居る右側の人。
これに参加するつもりは毛頭も無かったのに、旦那と旦那の悪友に
オートバイのタイヤの空気を抜かれ、そんな事は露程も知らず
「タイヤパンクしているから、家に帰れないじゃん。一緒に来いよ」と
無理矢理に連れてこられ、奥さんに何も言わずに夜まで帰らなかった幼馴染(爆)
さっき電話したら、未だに奥さんと喧嘩中だそうだ(爆)

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帰り道はモノクロな世界が広がっていて中国みたい。

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いつも田舎に帰ると、一度はこのメンバー達とどこかに行き
帰りに寄るのは、普通のワルン。
昔は田んぼの真ん中で営業していたんだ、このワルン。
おじいさんとおばあさんが2人でやっていて
テンペの天ぷらとお茶の葉と大根の葉っぱで作ったオカズしか無い田んぼの中の東屋ワルン。
「ムンドアン(テンペのこの地方でしか味わえない天ぷら)は足りてるかい?」と言いながら
大鍋で揚げた揚げたてを空になったお皿に盛ってくれるのが嬉しくて
写真のテ ポチ(急須に入ったお茶)を飲みながら
おしゃべりに花が咲くのが楽しかった。
どこまでも続く田んぼの真ん中の東屋なのに、結構遠くからバイクでやって来て
ここでおしゃべりして行く人の何と多かった事か。
今ではこのワルンの目の前に、バイパス通りが通り、おじいさんとおばあさんは亡くなり
娘さん達が営業している。メニューは相変わらず、テンペの天ぷらとチリウィスと呼ばれる
お茶の葉のオカズしか無い。でもね、あのおじいさんとおばあさんの作った味とは微妙に違う。
寂しいけれど、時はこうしてたって行くんだな...

ムンドアンとチリウィスの写真は、もう暗過ぎて奇麗に撮れていなかったのでここには載せませんが、昔々の初めてのジャワ島暮らしがしんどくて、ホームシックに成った時
旦那が良くここに連れて来てくれた。
おじいさんとおばあさんが2人で、一生懸命にテンペを揚げている姿を見ると
「もうちょっと頑張ってみようかな」と思わせてくれたんだ。


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   当時は「何にも無い田舎だよ」と思っていたけれど
   こうしてそこも離れてみると、やっぱり何かの思い出は生きているんだな***

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ジャワ島の旅 No.2

一週間仕事をサボったおかげの明日から...に成りそうですので
日本珍道中の様に、途中で話しが途切れない様に
一気に行きますね(爆)何せ、急なお休みでしたので、仕事の準備も無いままに
出かけてしまったし(号泣)でも、出かけちまったものはしょうが無い(爆)

今日(22日)は、旦那の実家から車で1時間半位の所(ブロウクゥオルトゥ)に有る
バトゥラデン(偉大なる石と言う意味)の山の頂上付近に有るパンチュラン ピトゥと言う
温泉が吹き出る場所に行く。


実は、ここはこの辺では有名な観光地でして、バトゥラデンの山には
ルバラン休みで遊びに来たとんでもない数の人々がたむろって居ました(泣)

この山、不思議な言い伝えが有り
「貴方が自分自身を知りたかったら、この山の裾野から順番に有るポイントで瞑想をしなさい。
瞑想に良い日はクリオンの金曜日。夜中12時から気が済むまで。7カ所有るポイントを一つずつ
瞑想して行けば、最後の7番目で、貴方は貴方自身に遭遇するだろう」

と言われているんです。


旦那はその昔「自分とは何だろう?何の為に産まれたのだろう?人が生きると言う事は
どういう事だろう?」と悶々とした時期が有り、それを村の長老に話したら
「バトゥラデンで瞑想をしたら、自分に出会える」と言われたそうで
素直に、旦那はクリオンに金曜日に山に登り、瞑想をしたそうです。

不思議な事にこの山には、山の中腹の当たりから始まり
まるで、ビニールに水の入っているものに穴を開けた様に、山から水が吹き出している場所が
7カ所有るんです。一番目は穴が一つ。2番目は穴が2つ。3番目には穴が3つ...と始まり
7カ所目には7カ所の穴が有り、そこから熱いお湯が噴き出しています。

旦那がこの山に登った頃には、山は全くの手つかずで自然のまんま。
一番目の「パンチュラン シジ(一番目の噴水)」まで行くにも中々大変な事だったらしい。

クリオンの金曜日はジャワカレンダーに乗っ取って数えられるが
現在のカレンダーで40日に一度位の割合で、やって来る。
7つの場所で瞑想を完成するには、7x40日と、単純に計算しても
280日かかる訳だ。



こちらの人達は「山は貴方を試すから」と言う言い方をするが、昔から
山自体が神聖な場所で、神々が多く住む所だと考えられており、旦那は勿論
相当な覚悟で登ったようです。


一番目、2番目は無事にクリアーしたらしい旦那。
それでも、相当な根性が居るよとおっしゃる。


想像してみて下さい。民家も何も無い手つかずの山の木々の中。真っ暗な夜中。
そして、その頃はもっとたくさんの動物達の住処でもあっただろう。
現に、このバトゥラデンの公園にしてある所には
グレーがかった毛を持つジャワ虎の剥製が置いてある。居たんですね、こんなのが。

で、3番目で旦那に何が起きたかと言うと。

瞑想をし始めたとたんに、体中をヤスデが這い、
虎の鳴き声がしたかと思うと背後に虎が現れたそうです。


「ゴダカン」と呼ばれる、「神に試される」試練なんです。



ええ、見えない世界とコンタクトを取れる人に言わせると、実際に虎やヤスデが出たのではなく
山の神が身に試される為に、瞑想をしている人の最も怖いであろうものを
出してくるんだそうです(怖)

旦那は虎の気配を感じたとたんに「わぁーーー!」と大声出して
一目散に山を下りたと言う事でした。笑っちゃ行けないんだけれど、笑った私たち。
でも、想像力を働かせれば、ひとりぼっちの山で、一番目と2番目をクリアーしただけでもすごい。


現代では、バトゥラデンの山の中腹には公園が出来、そこからパンチュランピトゥまで
石で造った道が、延々と続き、体力さえ有れば、頂上まで登れる様に成っている。

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上の写真が一番上のパンチュラン(吹き出ると言う意味)ピトゥ(ジャワ語で7の意味)の
お湯が吹き出ている所。このお湯は、色々な病に聞くと言われていて
並んだ人々が順番に足にお湯をかけたり、顔を洗ったり...
かなり熱いお湯で、裸足で居るには「熱いと思っちゃいけ無い!」と心に言い聞かせないと
「あっちっちーーー!」と飛び上がる位に熱いです。

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パンチュラン ピトゥのお湯は、一旦地面に潜り、この様に山を流れて行きます。

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ほら、こんなに湯気が.....

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パンチュラン ピトゥまでは、延々と山を登るのですが、途中手相占い師が居たり。
ギターを弾いて歌を歌い、お小遣い稼ぎをしている人が居たり。

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このおじさんは、バトゥラデンの山の神様に認められた
「ジュル クンチ(山を守る人)」と呼ばれる賢者。
「ンバァ(賢者) アタス(上)アンギン(風)」と言う名前がつけられています。
風の上に居る賢者とでも申しましょうか。
4人居たお子さんを若い頃に全部亡くし、大切な奥さんも賢者として
ジャワ島の他の山の「ジュル クンチ」として生きていましたが、その奥さんも亡くなり
今はこの山のこの小屋で24時間過ごし、病で困って尋ねて来る人々に
お祈りをし、薬を与え、メディスンマン(シャーマン)として生きています。

Westの故障した足の事を相談したら、「プットゥリ マルと言う草とパパイヤの種を砕いたものを
混ぜ、足に塗りなさい。マッサージはしてはいけ無いよ。塗るだけ。そして、祈りなさい」と
教えてくれた。Westのガールフレンドのお兄さんは、産まれた時に酸欠に成り
脳の30%位が働かない。このお兄さんの事も相談したら
「パンチュラン ピトゥのお湯をペットボトルに取り、ここに持って来なさい」と言われた。
持って行ったペットボトルのお湯に、お祈りをしてくれて、そこにお祈りで使った
香料(ク ミュニャン)の焼いた墨状のものを入れ
「このお湯を、水にさじ一杯分を入れ、飲ませなさい」と。

私たち家族全員の安全と幸福をお祈りしてくれて、握手をして別れた。

いつも思うんだけれど、こう言う人って同じ瞳の色をしている。このおじさんもそうだ。

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すっかり観光化されて居て残念な気もするが、本当に治らない病の人々が来やすく成ったとしたら
それはそれで、良い事なのかもしれない。
旦那が登った頃のこの山には、とんでもなく大きな木々が沢山生えて居たらしいが
それも今は、あまり見かけない。でも、100年以上は生きているだろうなと思われる木々は
まだ沢山残っている。

作られた道順に山を登って行くと、1番目から6番目までの「パンチュラン」は見る事が出来ない。

まだまだ神聖な場所が、場所として大事にされている為に、このパンチュラン達は
秘密にされているらしい。
己を知る道は、やっぱり簡単ではないんだよな。



でも、本気で心の底から己を知りたい人には、1番目から6番目への道は見えるのかもしれない。
 


***日本ブログ村に参加しています。観光化されているこの山の周りの手つかずの山を見たら
  ちょっと安心した私。バトゥラデンの公園を見た時には、その人の多さにがっかりしたけれど。
  人の踏み入る事の出来ない、神の領域と言うものは、無くして欲しく無いと本気で思う***

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ジャワ島への旅 No.1

いつもそうなのだが、私の旅は突発的に出発と成る。
まぁ、私一人の旅なら計画的に進むはずですが、ジャワ島への旅は
旦那が主導権を握るので、こう成るのはしょうが無い。

「ルバランどうする?ジャワ島へ帰郷する?」というか岩はかなり前から行われているのだが
何せ、自営と言う悲しさ。そしてここはインドネシアである。
無理矢理にでも「行く」と決めなければ日常に流され、行けない事に成る。
でも「行く」とさえ決めれば、行けるのである。

なんて「大げさな」と思われる方も多いと思いますが
ルバラン帰郷時期のバリ島ギリマヌク(ジャワ島に渡るカーフェリーの港)の
車とオートバイの数を見たら「止めよう」と真剣に思いますから。

今回は前回の苦境のトラウマが抜けていない私たち。
「飛行機が取れたら行く」と決めたら、出発間際に4枚のチケットが取れた。
メンバーはWest(息子)、息子のガールフレンドのJちゃん、新しい息子のH君と私。

旦那と仕事のスタッフでもある親戚のOさんは、車で先に出発である。

今回の旅の目的は「お墓参りと、山登り」
家族親戚との新年の挨拶は勿論の事ですが。

我が旦那の田舎は、中央ジャワの富士山(と私が勝手に呼んでいる)である
グヌン(山)スラマットとその兄弟あるいは親戚、或は子孫達に囲まれた盆地なので
周りは高い山々に囲まれている。風光明媚な滝やら温泉やらが沢山有るのです。

が、ジャワ島の山々です。車我と上れる道なんか無いよなぁ、と言う様な山々なので
山登りは歩きを覚悟で向かいます。

「皆ぁ、ちゃんと運動靴を持てよ」と言う合図の元に出発。


朝も4時に起き、ライオンエアーでジョグジャに向かいました。
ジョグジャに着いたら丁度、モスリムの新年の最初のお祈り「リアヤ ソラット ID」でした。
「アッラーアクバル」の祈りに迎えられたジャワ島での旅。
さて、今回はどんな旅に成るのやら。
準備万端、先に車で出発していた旦那とOさんは
ぴったりな時間にジョグジャの空港に着いていました。

ここから、子供達のご希望の「電車に乗る」の為に、ジョグジャの駅に向かう。
何せ、バリ島には電車が無い。息子は乗った事が有るので騒ぎませんが
他2名は乗ってみたいらしい。Oさんを先導者に従え、子供達は電車で
私と旦那は車で帰ろうと言う計画。が...
ジョグジャの駅に着き、値段を聞いて断念。どういうビジネスしているんじゃ?と
文句を言いたく成るが、ジャカルタ行きの電車で途中下車しても
ジャカルタまでのチケットを買わないといけ無いらしい。
ルバランで沢山の人が利用する為か、高い高い(泣)

「そんな出費は持ったい無いから、車で帰ろう」と言う私の一言で断念。
「帰りに乗ろうねぇ」となだめ、車で帰る事にする。
Oさんとはここでお別れ。又田舎で会おうねぇと言う事に。
何せ6人で車一台。先は長いし、辛いよね〜と
Oさんは気を使ってくれて電車の人と成ったのでした。


いつもは、ここから旦那の田舎まで4時間半位で着くのだが
ルバランの道は混んでいる。7時間もかかりようやく田舎に着きましたとさ。

これは着いた日の翌日の写真。
5日に一度行われる「パサール ワゲ(ワゲの日に行われる市場)」の風景です。

イメージ 1

ローカルポップスや伝統ミュージックのCDを売るおばさん。

イメージ 2

自家製ロコッ(タバコ)を作る道具と煙草の葉を売るおじさん。

イメージ 3

ハリネズミと怪しい薬を売るお兄さん。ハリネズミの値段はRp70万。
息子と彼女は「欲しい〜〜!」と大騒ぎしたが却下。
こんなおじさんが居るから、そして、そんなおじさんから買う人が居るから
山の動物が絶滅するんだぜ、と耳打ちしたら黙った2人(笑)

イメージ 4

お数珠の値段交渉中のおじさん達。

イメージ 5

イメージ 6

イメージ 7

この市場のメインは、牛や水牛や山羊、羊等の販売。
値段交渉が決まるまで何度も握手が交わされる。
「Rp○○でよろしくお願いしますよ」「いやいや、それは無いでしょう。この牛は
丹誠込めて育てたんじゃ。よし、特別値段でRp○○におまけしますぜ」という会話の度に
握手が交わされる。
暑い中、ご苦労さんです。


さぁ、明日はいよいよ山登り。
まずは、バトゥ ラデンと言う山。頂上には「パンチュラン ピトゥ(7つの噴水)」と呼ばれる
場所が有る。旦那の若い頃の不思議な話しを確かめに、いざ。



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プランバナンの遺跡がこの旅行最後の見学地。
ここはヒンドゥー教のチャンディです。

ボロブドゥールでも出て来た言葉「チャンディ」ですが
「聖なる場所」「神々の住む所」「聖なるものが宿る場所」と言う様な意味です。
プラと言う言葉が有りますが、プラとはヒンドゥー教のお寺の事です。
イスラム教はムスチッド。仏教はクィル、キリスト教はグレジャーと言われます。
ようするに、お祈りをする場所とチャンディは別な呼び方をするんですね。

右側の足場が組んである建築物は、あれ、何年前に成るのかな?
ジョグジャの大震災の時に壊れたもので、未だ修復中です。
イメージ 1



インドネシアはイスラム教徒が多いのに、ボロブドゥールが残っていたのは奇跡だと
電気猫さんが書いていますが、この写真は宗教的戦争の被害に有ったものです。
インドネシアはアミニズム→ヒンドゥー教→仏教→キリスト教→イスラム教と言う様な順序で
宗教が入って来ています。そのすべての宗教が今まだ、信仰されているのですが
途中、やはり人間のやる事。プランバナンは999.5個のチャンディが有ったと言われていますが
その殆どは破壊されてしまいました。
何故、999.5の0.5個って付いているの?と、言うのは、このチャンディに伝わる物語が
そう成っているからです。
イメージ 2



そのもの語りとは

その昔、とても美しい王様の娘が居ました。
その娘に恋をした有る男が、この娘に結婚を申し込みました。
王様の娘と庶民の男。当時結婚は許されませんでした。
でも、娘は結婚は出来ませんが、この男の心を傷つける事も出来ませんでした。
男を傷付けずに断る方法は無いか?困った娘は、男に難題を言いつけました。

「もしも、本当に私を愛しているのなら、一晩のうちに1000のチャンディを作って下さい。
それが貴方に出来たなら、私は王に申し、結婚は許されるでしょう」

男は、1000のチャンディを作る為に、頑張りました。
999個のチャンディを作り終え、後一個のチャンディを半分ほど作った所で
鶏が朝の時を告げる様に鳴きました。
実は、娘は、この男がここまで出来るとは思わず、鶏がいつもよりも早く鳴く様に
ホウキで庭を掃いたのです。朝にいつも行われる、ホウキで掃く音を聞きつけた鶏は
朝が来たと思い、鳴いたのでした。

男は、間に合わなかった事を知り、娘に身の程知らずな求婚をした事をあやまり
引き下がりました。

しかし、娘は、自分のした事に心を痛めました。

999.5個のチャンディに娘は名前をつけました。

「プランバナン」

プランバナンとは、「忠実(誠実)な人」「心に何の曇りも無い人」「純粋な人」
と言う様な意味です。


そんな物語です。

恋人同士がプランバナンでデートをすると、その恋人同士はうまく行かず
別れる事に成るからと言われています。
ヒンドゥーの神様が焼きもちを焼くのか、王様の娘が焼きもちを焼くのか...


一つ一つのチャンディには、ヒンデゥー教の神々の名前がついています。
ボロブドゥールの時もそうでしたが、ここを回り始めたら、またもや大雨。そして大風。
雨を避ける為に、チャンディに上がりました。
そのチャンディの名前は、ガルーダでした。
しばらくそこで、雨宿り。
イメージ 3



こうして、私たちの旅は終わりました。
夕方ジョグジャのアジチプタ空港から飛行機に乗り、バリ島へ。
ジャワ島よ、色々とありがとう。実りの多い旅に成りました。
バリの空港に付いた時のK君、お母さんが迎えに来ましたが
「飛行機に乗ったら、たったの一時間なんだねぇ」ですって(笑)
その昔は、足で旅したんだよねと答えた私。
息子とK君にとっては、どんな旅に成ったのでしょうか。


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