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5日前に見つけた、誰かがバラ園に忘れてったコムサ・デ・モードの帽子。今日もまだ同じところで忘れられたまま。雨に打たれたり陽にさらされたりしたから形はくずれて少し色褪せてもいる。先週末うつぼ公園まで遠出してきた家族が忘れてったんだと思うけど何だか寂しそう。
母さん、僕のあの帽子、どうしたんでしょうねえ?
ええ、夏、碓氷(うすひ)から霧積(きりづみ)へゆくみちで
谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ
母さん、あれは好きな帽子でしたよ
僕はあのとき、ずいぶんくやしかった
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから
母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね
紺の脚絆(きゃはん)に手甲(てっこう)をした
そして拾おうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね
けれど、とうとう駄目だった
なにしろ深い谷で、それに草が
背たけぐらい伸びていたんですもの
母さん、ほんとにあの帽子どうなったでしょう?
そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
もうとうに枯れちゃったでしょうね、そして
秋には、灰色の霧があの丘をこめ
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ
母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
あの谷間に、静かに雪がつもっているでしょう
昔、つやつやに光った、あの伊太利(イタリー)麦の帽子と
その裏に僕が書いたY・Sという頭文字を
埋めるように、静かに、寂しく
西条八十詩集より「帽子」 |

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