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ギブ兄弟の中でエピソードがイチバン多いのがロビン。彼は神経質で非常に繊細な性格で、ものごとを大げさに考えることが多い。狭い所や高い所は極端に苦手で、ニューヨークのエンパイア・ステートビルに行った時には、エレベーターに乗ろうと3度挑戦したが失敗。結局、彼ひとりだけは上にのぼれなかった。
ツアーの途中、飛行機に乗る時にも、ロビンはチャーター機を避けたがった。なぜなら、チャーター機は一般的に小型の飛行機を使うため。「どうせ恐ろしい思いをするなら、あんな狭苦しい機内より、大型機の中の方がまだましだ」と言ったということだ。
そんなロビンのために、バリーは63年に「閉所恐怖症」という曲を作った。
ビー・ジーズのお姉さん、レスリーによれば、彼らが仕事から帰ってきてホッとひと息つく時に、バリーなら「紅茶を一杯」、ロビンは「ミルク」、モーリスは「スコッチかブランディーをキュッと一杯」という具合だそうだ。それぞれの飲み物がその人の性格を見事に表わしている。
バリーが現在の妻リンダの前にモーリン・ベイツという女性と結婚していたことを知る人は少ない。
ロビンがモーリーと結婚した直接の動機は、ふたりで乗っていた列車が死者50人以上という大事故を起こした時。それでなくてもナイーブな彼には、この事故は大変なショックだったが、必死にモーリーの身を守りとおしたそうだ。
バリーは、とてもファンを大切にする人で、よく自宅にまでファンを招いてパーティを開いた。
来日した時、バリーとモーリスは、どんなに忙しい時でもファンがカメラを向けると必ずポーズをとったり、ニッコリ微笑みかけてくれた。
あるファンがバリーとリンダ夫妻にカメラを向けた時、カメラが故障してしまった。ふたりは、そのカメラを何とか直してやろうと少なくとも7分間の時間をさいた。
2度目の来日公演の最終日は札幌の厚生年金会館で行なわれたが、コンサートの最後にステージの脇から袋に入ったウドン粉が投げつけられ、ステージ上でウドン粉戦争が始まってしまった。特別な理由はないのだが、最終公演だということで、ホッとしたビー・ジーズとそのクルーがドンチャン騒ぎをしたかったらしい。
いくら二卵性だとはいっても、ロビンとモーリスの顔はずいぶん違う。アチラでもそこにこだわる人が多い、小さい時ロビンが自動車事故にあって顔を整形したのだ、なんていう噂がマコトしやかに伝えられたこともあった。
アンディ・ギブがまだ10歳だった頃、イギリスのある雑誌が「お兄ちゃんたちをどう思う?」と尋ねると、「ボクはモーリスが大好き、いつも遊んでくれるから。ロビンはキライだ。だってちっともオシャベリしてくれないんだもん」と答えた。
現在、バリーとモーリスはマイアミにそれぞれプールのついた家に住んでいるが、ロビンだけは自宅をイギリスのサリー州に構えている。仕事でほとんどアメリカにいなくてはならないが、ほんとうに休息をとるためには、この本国の家でないとダメだそうだ。
彼らのお父さんヒューイ・ギブは昔クラブなどで演奏していたドラマーで楽団のリーダーだった。
お母さんのバーバラも歌手でクラブなどで活躍していた。
お姉さんのレスリーは、オーストラリアにいて、だんなさんと3人の子供と一緒に犬の飼育業をしている。
ギブ兄弟の末っ子で14歳の女の子バーニスは、将来演劇学校かモデル・スクールに行くことになっている。歌も歌うということだから、これまたスターになるかも。
ビー・ジーズは日本のテレビでチャンバラをやっていると喜ぶ。
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