果物屋さんは夜になると電話をかけます
もちろん果樹園の主人にかけるのです
でも果物の話はほとんどしません
ふたりは最近読んだ本の話をします
果物屋さんはこのところSFに凝っています
どうして他の星の生物が人間の言葉を喋るのか
それが果物屋さんにはどうも腑に落ちません
一言も分からなくていいから
宇宙人の喋る言葉をこの耳で聞きたいと言うと
果樹園の主人は何故か黙りこんでしまいます
谷川俊太郎詩集「スーパーマンその他大勢」より
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とまれ、一つの矜(ほこり)を持つことは、
橋や建物は、ときに奇妙に冴々しい影を落とす、川波に、地の面(おもて)に。
それに見入るのは私だ、私はいそいで衣服を脱ぐ。
あらはな胸に白鳥をだき、その羽搏きに、耳を藉(か)す。
問う勿(なか)れ、ひとよ、
かくも明らかに鼓動うつ、このひとときの私の曠衣(はれぎ)の心を。
津村信夫詩集「愛する神の歌」より
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匂いのようなもの
今あってすでに無いもの
無いのにもう満ち満ちているもの
時のようなもの
煉瓦の壁があり
その上でどうしてもつかまらぬもの
どうしても呼べぬ物
光のようなもの
光の中の虻
虻のうなっている羽根
ものの物の音(ね)──
のような
そのようなこと
その事
谷川俊太郎詩集「旅」より
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サン・ドミンゴで恋唄をおぼえましたよ
アニュ・ソレルの恋も
マダム・デュ・バリの陰謀も
所詮 それらはナプキンで蠅をとるように
黒子(ほくろ)をとってしまう
マダムたちのたあいない手品でしたね
サン・ドミンゴで恋唄をおぼえましたよ
恋もボタンのようにひとつはずして掛けるものだと
その頃まだマンボは流行っていませんでした
黒田維理詩集「ナポリのナプキン」より
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ポケットを探したって駄目だ
空を見上げたって
涙ぐんで手紙を書いたって
駄目だ
郵便局に日曜日があるように
幸福にだって休暇があるのだから
寺山修司「十五歳の詩集」より
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