羊の雲の過ぎるとき
蒸気の雲が飛ぶ毎に
空よ おまえの散らすのは
白いしィろい絮(わた)の列
帆の雲とオルガンの雲 椅子の雲
きえぎえに浮いているのは刷毛の雲
空の雲……雲の空よ 青空よ
ひねもすしィろい波の群
ささえもなしに 薔薇紅色に
ふと蒼ざめて死ぬ雲よ 黄昏よ
空の向うの国ばかり……
また或るときは蒸気の虹にてらされて
真白の鳩は暈(かさ)となる
雲ははるばる 日もすがら
立原道造「拾遺詩篇」より
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だれも 見ていないのに
咲いている 花と花
だれも きいていないのに
啼いている 鳥と鳥
通りおくれた雲が 梢の
空たかく ながされて行く
青い青いあそこには 風が
さやさや すぎるのだろう
草の葉には 草の葉のかげ
うごかないそれの ふかみには
てんとうむしが ねむっている
うたうような沈黙(しじま)に ひたり
私の胸は 溢れる泉! かたく
脈打つひびきが時を すすめる
立原道造「後期詩集」より
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野村英夫に
誘うように ひとりぼっちの木の実は
雨に濡れて 一日 甘くにおっていた
ふかい茂みにかくされて たれさがって ……しかし
夜が来て 闇がそれを奪ってしまう
ほの暗い」皿数のすくない食卓で
少年は 母の耳に 母の心に それを告げる
──そして 梟が 夜のあけないうちに
あれを啄んでしまうだろう……と
……忘れられたまま 母は 大きな
うつろをのこして 青空に 吹かれている
痛みもなく 悔いもなく あらわに
そして病む日の熱い濃い空気に包まれ
幾たびそれは少年の夢にはかなしくおもえたか
──もし僕が意地のわるい梟であったなら!
立原道造「拾遺詩篇」より
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だのに だのに と僕は繰返す
あれから一年 短い日であった
毎日のように木の頁を切っていた
それにはやさしい言葉が書いてあったから
窓の外にばかり咲く花 お前たち
部屋では何と枯れやすいのだろう
壺に凋れたとき 僕は人に片づけて貰わなければならなかった
僕にはそれが出来なかったから
もういらない うすら明るいかげ
もっと眩しい空に行く 僕の眼は
お前の悲しい時が もう見えない
あれから一年 また会うことはないだろう
花色のかげのなかに
ひとつともって生きていよう
やさしい僕の眼 臆病な僕の眼 もう歌もなく
立原道造「拾遺詩篇・草稿」より
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夕方、私は途方に暮れた。
海寺の階段で、私はこっそり檸檬を懐中にした。
──海は疲れやすいのね。
女が雪駄をはいて私に寄添った。
帆が私に、私の心に還ってくる、
記憶に間違いがなければ、今日は大安吉日。
海が暮れてしまったら、私に星明りだけが残るだろう。
それだのに、
夕方、私は全く途方に暮れてしまった。
津村信夫詩集「愛する神の歌」より
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