中国労働争議ストライキによる賃上げ中国における労務費の中長期的上昇は、内陸部まで含めた経済成長や政府による社会の安定に向けた労務政策の実施により不可避であるという認識は以前より中国の内外にあった。しかし、今回の鴻海精密工業の従業員連続自殺や、ホンダにおけるストライキが大々的に中国内で報道されるに及び、労働者からの賃上げ圧力が更に加速することは容易に予想できる。 今回の背景には、2008年施行の「労働契約法」に代表される労働者の権益保護の流れから、労働者の権利意識が向上している点がまず挙げられる。また鴻海精密工業の従業員連続自殺については、労働集約型の産業において、地方からの出稼ぎ農民工に衣食住の全てを提供し、彼らを工場敷地内に囲い込むことで高い稼働率と低コストを実現するというビジネスモデルが、いかに従業員の精神衛生に影響を与えているか、という職場環境上の問題を喚起している。 今回の動きから予想される今後の影響としては、まず2009年の金融危機後に据え置きがなされてきた地域において、労働者の権利意識の向上と実際の物価上昇に併せた大幅な「最低賃金」の上昇が予想される。特に今回のストライキが発生した華南地区においては、「最低賃金改定」の時期を目前に控える深?地区の動向が今後を占う鍵となるだろう。 「働き方」の問題については、90年代から存在していたにも関わらず、なぜ今問題になったのか、という点に注目すべきである。これは、中国報道各紙も注目しており、出稼ぎ農民工の世代間の意識の差異が理由に挙げられる。「80後」(1980年代生まれ)「90後」(1990年代生まれ)といった一人っ子政策以降の世代は、それ以前の「環境を受け入れ生存の為に働く」という視点から「自己実現の為に働く」という視点に切り替わりつつあるとともに、海外のTVドラマなどを通じて先進国の「豊かな生活」の実態も知っている中で、工場敷地内で工場と相部屋の寮との間を往復し、単純作業を繰り返すという日常に不満や鬱積を彼らが抱えこみつつあることは容易に想像できる。これは、企業にとっては、直接的な賃金設定以外でも、ストライキのような労務リスクを発生させる可能性に繋がる要素として注目すべきである。 今回のストライキ報道が大々的に報道された背景には、ストライキが大規模かつ長期に渡ったことにある。とくに長期化の原因の一つは、工会(組合)内における幹部と作業現場の出稼ぎ農民工の工会内の対立である。この背景には、現在の中国の特徴として、管理職・経営幹部クラスの社員と出稼ぎ農民工間の報酬格差が、極めて大きいことが影響していると思われる。中国全国総工会の報告によれば、1983年以降、GDPベースでの労働分配率は一貫して低下傾向にあるという。経済成長の果実が、一般の自分達にまで浸透してきていない、という意識を労働者達が持ち始めていることが伺える。 一般的に中国では報酬格差は受け入れやすい。しかしそれはあくまで、機会が平等である場合に限る。農民工は社会福祉、子女の教育等において、多かれ少なかれ不平等な状況にある。中国は依然として学歴社会であり、経済成長の果実を享受するためには、まず、高学歴である必要がある。つまり、教育の機会が制限されている場合、なかなかその果実を享受することはできない。自分ではどうしようもないことが原因で格差が広がっていくことが、なんとも受け入れがたいことであるのは容易に推察できる。 上記のような背景から、賃金に関する定義や労使交渉のプロセスを明示化するとされている「賃金条例」の施行準備が政府内で加速することが予想される。「賃金条例」については、2008年の「労働契約法」以降の労政施策の目玉としてここ数年来話題になっているが、企業経営の自由度確保と社会の安定化といった二つの要素間の調整が政府内で続いており、明確な発表時期が決まっていない状態である。内容については、さまざまな意見があるが、筆者の個人的見解としては、今後は経済成長の果実の再配分と安定した企業経営を両立させるべく「団体交渉」のプロセス化などに力点を入れた内容になると予想している。 中国進出企業にとっては、「安価な労働力を求めたビジネスモデル」からの脱却が課題となり、更なる低コスト地域への転出という選択肢を取る企業と、中国の内需を捉えつつ付加価値の高いビジネスモデルへの転換を模索する企業とに分かれていくことが予想される。いずれにせよ労働者を取り巻く環境と意識の変化はスピードを増しており、意思決定までに残された時間は少ないことを知るべきである。 最後に、一部のストライキ参加者から、「日本人駐在員と中国人社員の報酬格差」が問題にされたことが大きく報道された点について触れたい。筆者は海外に駐在し人事に携わってすでに10年以上の経験があるが、これまでこの点において現地社員からストライキなどで大きく取り上げられたことは、中国・東南アジア・南アジアにおいても記憶に無く、非常な驚きを持ってその報道に接した。 先進国駐在員との報酬格差は以前から存在するものであり、今回なぜ問題になったかという点であるが、自分ではどうしようもない点で格差がつくことに対する不満と関係している。前述した社会的に労働分配率が上がらない中、物価の上昇も加わり、不公平感を増している労働者が、ただ「日本人」という理由だけで(実際は異なる場合も多い)巨額の報酬格差が生じていることを「最も分かりやすい例」として挙げてきたと解釈できる。 過去の進出時には、知識・技能・技術・マネジメント力などにおいて現地社員との差が明白であり、大きな報酬格差も、その役割と能力の差異として現地に許容されてきた。しかし中国においては、先進国と新興国の報酬格差を論理的に説明できても、前述の社会的な背景を考慮する必要がある。日本人駐在員といえども、その役割・能力の差異を現地社員にも分かるように明確に発揮する必要に迫られるだろう。この点においては、日本本社からの駐在員の派遣基準について再度真剣に検討する必要があると思われる。 |
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