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写真は友達の作品を使わせて頂きました。加工は相馬龍です。(秋田県)
頭の中の空想は無限に広がる。
天候を金で買えたたら、
「スゲェー!」
と、驚きの声を上げるだろうね…値段にもよるけど。
差し当たり、俺が仕事で皆が連休をする日なんぞは雨にしてしまう。
よくよく考えると意味がない、
《相馬は小さい心の持ち主!》
と、軽蔑の眼差が俺を襲う〜
人の楽しみを邪魔したところで俺に利益をもたらされるものでもないし、止めておこう。
天候を金で買うなんぞ100年早いか〜寒波にせせら笑われた…
はした金で買えるものは、高が知れている。でもね、買ったものに夢が付いている場合なんか心の膨らみは計り知れない。それを探すと意外に沢山あることに気づいた。舞台劇や映画や小説などなどがある。千円札何枚かのことで済んでしまう。最近でも、舞台劇の《扉の・・・》芝居は面白かった。心の誤解にペーソスを交えて展開していくのであるが、日常の中に潜む現実に笑ってばかりはいられない。心の余韻はシアターにいた時間に留まらない。何時間にも、何日も心の中に生きる。まして出演者に知り合いがいればなおさらだ。その知り合いの女優の舞台劇を見るきっかけも大切だが・・、見た結果の心の充実は《大切》を遥かに超越する。だから、また見たくなる。何千円かの入場料で客席と舞台が一体となる、あの雰囲気はお金で買えるものではない。心を豊かにしていないと味あえることなんかできない。そこから吸収した温かいものが相馬龍の原稿の肥やしになるのである。
一生売れない作家でいい!
と、勝手に勇気が出でくる。熱くなくてもいい温かいものを書いていきたいと…
一人ウムウム
以前時間つぶしに観た《君に読む物語》は、涙が出てしょうがなかった。
「私は、ごく平凡な人間・・でも人を愛することに関しては誰にも負けない」の詩から物語は始まる。そして映像は綺麗な夕日が湖面に反射する。治らない痴呆症の奥さんに夫が語りかける。自分たちの物語を…
しかも、病院の中で夫は物語を話してくれる見知らぬ患者として接しねばならない。何度も何度も読み返している。奥さんの病気は忘れてしまう病気だから。
クライマックスで5分間だけ記憶が戻る「この話し貴男と私の物語ね」そして、すぐ病気の中へ呼び戻される「帰るな!もう少しいてくれ!」と旦那が泣き叫ぶ・・。単純な話しに単純な愛が潜む。そして、単純に俺の心もにっちもさっちもいかない。セックスの氾濫する世の中で、それが人生だと嘯く連中に見て感じてもらいたい映画だ。
この年齢になって、こんなことを言ったら皆に笑われてしまうかもしれないが〜
かつみさん、一番コメントありがとう!残しておきますよ。
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