
時間に余裕があったので地下鉄に乗ってホテルまで行くことにした。Swedenと違って春に近かったのも、そんな気分にさせたようだ。
それと飛行機から見たミュンヘンの、と言うかドイツの地上の景色がそんな誘惑に私を駆り立てたようでもある。平らな土地、様々な形に切り取られた決して整然とはしていない色とりどりの畑、密集していない集落、街が見あたらず、あってもせいぜい村ばかりの様に見えた。
駅まで降りていくと改札らしき物が見あたらず、いきなりホームに出てしまった、そこで地下鉄の切符を買うのにも一苦労だった。ドイツは読めない、目的地までいくらなのかもわからない。バックパッカー達が英語で話しながら、切符を買っていたので訪ねると丁寧に教えてくれたので助かった。
切符が出てきたのと同時くらいに、列車がやってきた、同じホームに行き先の違う列車が着くようなので、再度バックパッカー達に聞くと、これで良いというのであわてて飛び乗った。
のどかな田園風景が続き、地下鉄じゃないな、と思っていると、ふと気がついたら地下に潜っていた。
目的地はアルトハイドで、マリエンプレッツという駅で乗り換えるのだが、少し迷ってしまったのは、英語で話しかけて相手にしてくれる人に巡り会うのに少々手間取ったからだ。
アルトハイド駅に着くと、やはりここにも日本のような改札らしきものはないのだ、キセルをする人はいないのだろうか? なんだかドイツと言う国が私を試しているいるようで、切符をどうして良いのかわからないながらも、切符を手にしたまま地上へ出てしまった。陽気が良いので、陽を浴びて歩き出す。気持ちが良い。
しかし住宅街だから、会社やホテルがあるような雰囲気ではない、地図の上では、高速道路の向こう側にあるようだが、その高速道路も見えない。住宅街だから人の通りもなく、誰に聞いて良いやら困っていると、ゴミ収集車が来たので声をかけたが、「ドイチュ、ドイチュ」と繰り返すだけで、おそらくドイツ語で話せと言っているのだろう、意味もなく「ダンケ」と言って地図の上であるはずの高速道路に向かっていくと突然住宅街の外れに高速道路が現れた。
その向こうにうちの会社とホテルが並んで建っている、どうやってこの高速道路を渡れと言うのだ? 少し離れたところに歩道橋のような物が見えた。あれか。
会社で目指す人たちと出会い、打ち合わせがすむと食事に誘われた。ドイツ料理を食べ行くという。ドイツ料理と言われると、ソーセージにジャーマンポテトくらいしか思いつかない。会社の近くで食べるかと思っていたら、地下鉄に乗ってセンターへ出るという。そこは私が列車を乗り換えた駅のマリエンプレッツで、あそこが繁華街だったのだ。確かにあのとき人でごった返していた。
地上へ出ると、銀座や渋谷、池袋、品川、どことも違う、そう新しい近代的なビルなどはなく、目に映るのは歴史を感じさせる建物や銅像ばかり。観光ガイドなどを持ってこなかったので何も知識がなく、ミュンヘンの見所などは何も知らない、しかし連れになったアメリカ人達は下調べをしてあるようで、どんどんと歩き出していく。
私のために、観光どころを歩き巡った後で食事にするという、私に何を食べたいのか、と聞くのでなんでも良いと言ったが、血の滴るような肉よりはシーフードとか、軽めの物が良いというと、ドイツ料理にしようと誘われた、それは最初から聞いていたのだから、私に聞くことはないではないか、でも気を使ってくれたのだと思い直し、みんなの後についていった。途中、ブランドショップばかりが建ち並ぶ場所を通り、数百年前からそこにあるような石造りの建物を見たり、目的のお店にたどり着く。伝統的なお店、という感じだ。
しきりにアメリカ人がホワイトアスパラガスがちょうど食べ頃でたった2ヶ月しか食べられないからそれにしろと勧めるが、どれも重そうな肉料理ばかりだ。シーフードは?と聞くと、唯一、エビのホワイトソース・リングイネパスタのホワイトアスパラガス添えがあるというのでそれにしたが、注文を取りに来たのはドイツ民族衣装と一目でわかる出で立ちの体格が横に素晴らしいおばさんだった。あの体格でぶつかったら3メートルは飛ばされるだろうな、と言うほどの猛スピードで注文を取り、料理を運び、忙しそうに走り回っている。
すぐに出てきたのは、私の顔くらいに大きなプレッツで、ルフトハンザの中で飲み物を頼むとおつまみで出てくるのはせいぜい1〜2センチの大きさのクラッカーだったが、それをそのまま大きくしたずいぶん堅い塩味のパンだ。それを食べてるだけでお腹がいっぱいになるくらいどっしりとしている。
私以外の人たちは肉料理だったが、これがドイツ料理か! と認識できたのは、肉と野菜と付け合わせのすべてが一つの皿に載ってきて一度にやってくることだった。日本の定食屋さんの料理のようだ。いや、あれはドイツから伝わったのかも知れない。
あっという間に食べ終わってしまい、スウェーデン人と食事をするときのように3時間も4時間もかけてゆっくりと食べるときと違ってせわしない気がしたが、私だけでなく、アメリカ人達も食べ終わるとすぐに店を出ようとする。
その後はぶらぶらと散歩をしていくと狭い繁華街へ連れて行かれ、何か騒がしい大きな居酒屋のような所へ突入した。なにやら有名なお店で、長いテーブルに長い椅子に腰掛けた数百人の人がビールジョッキを片手に大きな声で話しながら、半ズボンをはいた楽隊のおじさんがなにやらドイツ民族音楽のような陽気な曲を引き始めると皆が一斉に歌い出し、もう何が何だかわからない喧噪になってしまった。ナニカ、テレビデミタドイツノサカバソノモノダ、ホッヘブロイハウスとかなんとか言う有名なお店らしかった。
ここは結局座ることなく、店の中を一周しただけで雰囲気を楽しんだだけででることになった。
地下鉄で帰って寝るだけだったが、部屋には冷蔵庫はなく、自販機もなく、なにか冷たい飲み物が欲しかったが、ホテルのバーで注文するしか手に入れる方法はないと言われたので、そうそうに寝ることにした。
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おおっ!ラングの住むミュンヘンですわ!ドイツは改札がありまへんのや!みんなの良識にまかせるという、結構大人の社会です。もちろん、ただ乗りの若者もいますけど、ほとんどは、ちゃんと買ってますねんよ。なぜって、時々、私服の検札員がどっと来て調べます。これが容赦なくて、ただ乗りすると40ユーロだか50ユーロだか払わされます。みんなそれをよく知っているんですわ!ホーフブロイハウスは観光客しか訪れないお店どす。地元の人はたとえそこしか開いていなくてもホーフブロイハウスには絶対行かない!とこです。ラングはマリエンプラッツからさほど遠くないとこに住んでます。 Biocityさんにとってミュンヘンはどんな街やったのかなぁ?ラング
2007/5/6(日) 午後 6:39 [ kei**nger18 ]