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金箔を貼った金色の建物から金閣寺と言う名称で知られているが、正式名称は鹿苑寺と言う もともとは西園寺家の山荘と寺院があった土地を足利義満が譲り受け別荘地としたが、実際はここで執政を行った 舎利殿としての金閣を建てて最上階に仏舎利を祭った 義満の死後、義満の遺言通りに禅寺として他の別荘の建物を取り壊し、舎利殿の金閣のみを残した 寺院の名前は、義満の法名の鹿苑院から取り、鹿苑寺と名付けた 金閣は一度焼失しており、今の金閣はその後に復元した物だ 焼失前の金閣 焼失直後の金閣 鏡湖池に映る逆さ金閣 鏡湖池に映る金閣 金閣の1階部分にある茶室の夕佳亭 江戸時代初期の寛永年間に茶人の金森宗和(カナモリソウワ)によって作られた 南天の床柱が有名だ 南天の床柱 庫裡 お寺の修行僧らの台所らの生活空間 お客を持て成す大書院 床の間の壁から襖に掛けて、樹齢1400年以上の岐阜県みょう村の薄墨桜が描かれている 薄墨桜の先の襖には朝日が昇る様が描かれている 朝日が描かれた襖を開けると次の間の襖には朧に霞む月夜の桜が描かれている 朝日と対照的に夜の暗闇の中に微かに浮かび上がる桜を描いている 夜桜が描かれた襖を開けると玉座の間となる 玉座の間の格子天井 玉座の間の違い棚には前室と同様に桜が描かれている 違い棚の上部の天袋の襖には鳥が飛び交う様子が描かれている 玉座の正面壁 夜の水面に映る逆さ金閣 漆黒の中に浮かぶ金閣 夜の静寂の中の金閣 |
綺麗なデザイン(建築)
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去年の10月に熊本に行った際に見てきたが、丁度、熊本城築造400年に当たるようで各種のイベントが行なわれ盛況だった 普通、城壁は、漆喰で白く塗られているのだが、熊本城は黒壁である それ故にカラス城とも呼ばれていた 「梟の城」と言う映画があったが、烏の城は実在する 笑 熊本城 大小天守閣 大きい天守閣が先に建築されて、小さい天守閣はのちに建築されたようだ 築城400年を記念して復元された本丸御殿大広間と天守閣 数奇屋丸二階御広間 主に茶会や宴など客間として使用されていた 本丸御殿 本丸御殿の台所 ここで何人分の食事を作ったんだろうか 本丸御殿大広間 豪華な障壁画や襖絵 天井にも蒔絵が施されている 天守閣 城下町復元模型 大天守閣木軸組み復元模型 建築当時は木造であったが、現在はコンクリートで出来ており、木造で無いので興醒めだ。 大小天守閣断面図 天守閣からの遠景 天守閣より見る本丸御殿全景 宇土櫓前広場より見る宇土櫓 加藤神社より見る宇土櫓 宇土櫓の木軸組み模型 宇土櫓は、唯一西南戦争で焼け残った城郭の一部で、木造のままだ 以前は国宝に指定されていたがブレース等の耐震補強を行ったので、 建築当時のオリジナリティが阻害されたとして重要文化財に降格された 宇土櫓前広場から見る天守閣 |
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安芸の宮島。 |
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国宝茶席三名席の一つの茶室、如庵 |
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フランク・ロイド・ライトが設計したジョンソンワックス社ビル |




