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富野由悠季監督以下の作り手が『機動戦士ガンダム』で示した隠された題目に、 世紀を跨いだ今になって実証してしまった、技術があるにもかかわらず宇宙に対する不熱心さを、 私は読みとった次第。第二作である『Z』では資源採掘のためとはいえ木星への有人飛行について、 安定した技術が確立しているらしいにもかかわらず、他の惑星に進出することはせず。 つまり『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』が歴史映画として公開される未来は、 太陽系脱出のための技術が確立されたのにも関わらず、火星や金星の惑星改造に精を出してしまい、 外への冒険心を忘れた時代と定義できる。『Z』に見られるように直接描く必要は無し。ただ、 改造工事の困難さと背後の政治を垣間見せ、活き活きとした生き方を問う物語。 試写会の目的が惑星改造の擁護論の一つとしてならば、反対運動があることが前提に。しかし、 反対運動が野合から出発したとすれば、政治テロも権力の側の自作自演の可能性が。そうであれば、 試写会に同席したキャストやスタッフともども、全員生き延びることが考えられ。しかし、 事が始まってしまえば助かった場所や主義主張の違いから、立場を異にし互いに罵る可能性さえ。 映画の作り手の分裂を描くことが、偶像としてのシャアとアムロを解体し、論争の種にする手段。 |
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