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山と云ったらやはり父であって。奥多摩や八ヶ岳、日本アルプスなどを拠点としていたけれど、
私自身は山の知見も方法論もまるで受け継ぐことはなく。もちろん富士山測候所問題に関心を持つ前なので、
結果論という面はあり。私が富士山測候所、あるいは象徴である富士山レーダーに関心を持ったのは、
失われる技術という面から。しかし実際に取材してみると、逆境にめげず踏ん張る科学者の姿。
富士山レーダーが完成直後に台風に遭ったことで問題点が明らかになった話は『富士山頂』を読む前に、
仕入れていた知識だったはず。しかしたまの取材でも明らかになったことは、富士山頂という位置の重大さ。
というよりも富士山という存在が高度ごとの大気観測として最適という視点。だから観測拠点として、
富士山測候所が有用であるという主張。地球温暖化の解明にも役立つとなれば。
なのでなかば声援を送る意味で次の段階に入るわけだけど、私自身は山の知見や方法論を、
まるで受け継いでいないことに気付くわけ。付け焼刃で新田次郎の小説を読んでいるけど、
『富士山頂』の次に『孤高の人』を選んだのは正解だったみたい。読みやすいことは最大の取っつき易さと、
考えているため。また実在の人物を扱っているから、時代の気分を味わうことが出来。
だから加藤文太郎の話も学生時代から書き起こしているから、純粋な山との格闘を書いてはいないことに。
むしろ「第一章 山麓」では山は沈鬱な関東大震災後の状況に流されず、かといって主義者にも与しない、
心の拠り所。もっとも題名にあるとおり「孤高」になってしまうのは運とも運命論とも取れる事情が。で、
どうも師を持つことを諦めた富野由悠季とだぶってしまうんですね。
さらに加藤が官憲に暴力を振るわれる場面は、Ζガンダムを想像してしまうし。[1372mount.txt]
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