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詳しい批評は全巻読んでからですが、マンガ版の『風の谷のナウシカ』の終わらせ方を考えるため、
リンク先でネタバレを読みました。宮崎駿自身はユーゴスラビアの分裂で「転向」したと告白したが、 厭世な見方の究極と思う。「逆襲のジャミラ」のブログ主が「ムリヤリひねり出したもの」に、 私は「却って私は気持ち悪さを持つ」とリンク先にコメントを。 対して宮崎が用意した「世界の答え」は、絶望したためと思うけど悲観しすぎと思って。まず、 ナウシカ一人で壊せるほど「シュワの墓所」は脆いのか? 自分が作った者に逆襲される展開は、 一つの定型なので、他にも「シュワの墓所」はあると思うのですね。さらに宮崎の過ち (と私が考えていること)は、「新人類」のナウシカの時代での保管/保存の仕方であり。 リンク先の「(3)STEP3 新たな出発」で明かされているが、ヒトは群れる動物ということを、 忘れているみたい。というより「群れ」が人類の進歩を邪魔する、諸悪の根源と理解したと推察。が、 私自身は「音楽と詩を愛する穏やかで賢い新人類」という生物は、概念が矛盾しているので、 穏やかな終末を迎えると考える。私の見方はロバート・A・ハインラインに近く。 つまりヒトは絶望と希望のあいだで右往左往する存在で、他の動物よりましな点は「未来」を考え、 物語ることが出来ること。だから作者の宮崎にとってギリギリの決断とはいえ「シュワの墓所」を、 ナウシカによって破壊させたことに私は批判。というのも「破壊」したこと自体、宮崎の左翼思想の、 表れと考えるから。しかし保守主義を認めた私は、ナウシカたちと新人類の共存を考える必要に。 というより「旧人類を汚染適応させただけのナウシカ達」という定義自体を疑う必要があると、 思いつき。「実際の姿」は違うという見方さえ…。 [2703nausica.txt]
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