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私はプラハ演説以降、厳密には未確認情報として報道されたオバマ大統領の広島訪問の意向に、
「無理な事業の一つ」と考えていました。なのでG7の直後に実現を果たした大統領に私は敬意を表し、
「核なき世界」を提言した世界の指導者としての意地を、推測したのです。なので私は広島訪問だけで、
原子爆弾廃絶の運動としての成果と考える。実際には多大な「おまけ」を贈ってくれたと私は理解。
文面は未読ですが、オバマ大統領ほど理想と政策が乖離した大統領も珍しいと思う。核の問題も、
プラハ演説の後は紆余曲折を経ているのが現状で、イランに対しては対立から協調を始めているが、
北朝鮮には打つ手(打てる手)を欠いているのが現状であり。単純に考えると実質の核廃絶運動は、
テロリストに奪われて使われるまで無理と考え。だから作劇としては「故意」という展開を想定し。
「次の核攻撃」を阻止すべきと決意するなら、我々は人類の義務として伝承と継承が大事で。しかし、
日本では水俣病やハンセン病でも当事者に過重な負担を強いていると私は推察。本人が証言する、
“人間図書館”は手間と時間がかかり、質問次第で回答が様々。なので知識を得るには「曖昧」で、
拙い手段という意見。私がより良いと思うのは体験を書くこと。
単純に言えば『黒い雨』と『はだしのゲン』以外、日本人の常識として語れる原爆文学はあるか? が、
井伏鱒二は他の分野にも受賞作がある一方、中沢啓治は一発屋の典型と私は理解を。でも一発でも、
日本人の一般常識となって一人ひとりが語りたくなる作品を描いた中沢を、私は偉大と認識。しかし、
「原爆文学」という企画はあっても、分野の確立に失敗したと私には考えられ。
しかし「次」のためにはやはり『はだしのゲン』を参照すべきと思うのは、「投下前」の状況が、
描写されているから。私自身は戦艦大和を建造した呉を舞台にした物語が読みたく。原爆投下を、
一つの出来事にでき、『はだしのゲン』とは違う論理と別の情報で物語が展開できると想像するため。
[3394no nuclear.txt]
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