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ニースのテロやトルコのクーデターに関しては大雑把な私論があるものの、丁寧な論が必要なため、
今日は避けます。なので今日は今週漏れ伝わってきた、天皇の生前退位について。崩御での変更は、
情報処理を勉強していたこともあり、迷惑な話と私も思う。だから明治かの元号の思想を否定したいが、
存命中の代替わりは政治問題になり得るという危うさも思い付き。
なので在位期間自体の固定を思いついたのですね。例えば三十五年に決めて起点を覚えれば、
西暦と容易に変換できる。しかし多分「現人神」の残滓である「有難み」が、天皇(制)から、
喪失すると私は想定。私は民主(主義)国家にも偶像はいると思うので、役人としての天皇陛下は、
否定すべきと考え。年齢で区切るのも同じ問題があると理解し。
つまり即位年齢と退位年齢の片方を法で決める方法ですが、やはり事前に計画が出来るため、
公務が役人仕事になって、陛下のお考えが反映しにくくなると推察。また制度で継がれた「陛下」を、
日本人が全体として日本の象徴と認めるかという問題があり。すると皇太子時代のご努力で、
次の天皇に相応しいと我われ日本人が認識するようになる制度が適切と考えられ。
思いついたのが博士課程修了し、例えば二十五年後という即位条件。ならば皇太子時代のご努力で、
即位の時期が決められる形。ということは即位までの「計画」が立てられる一方で、崇敬のの対象の、
「天皇」という概念も保持できると私は想定を。
[3461seizen taii.txt]
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文化談義
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