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ディラック、ボーア、エーレンフェスト
 ディラックはノルウェーでハイキングと登山を楽しんだあとボーアの研究所で会議に出席し、レニングラードに向かい第一回ソビエト原子核物理学学会に参加するつもりだった。賞賛するための祝宴が開かれると期待していた。

 一九三三年のボーア主催の定例年会は神経を尖らせた雰囲気で、陽電子を巡って議論を戦わせたりピンポンをやるなど、許されないように思われた。しかし今やほとんどの物理学者が陽電子を確信していたので、空孔理論を信じてきたことが報いられたと感じただろう。パウリは目の当たりにしたくなかったのか出席せず、休暇を取って南フランスに出かけた。

 ボーアはいつも通り一週間のプログラムを企画し講演や討論は研究所で行なう一方、社交には新しい家を使った。デンマークの大手ビール醸造会社の敷地にある邸宅である。最も傑出した存命のデンマーク人に対して政府から贈られることになっており、当時はボーアが暮らしていた。

 集まった物理学者は総じて陽気だったが、エーレンフェストは落ち込んでいた。丸々とした顔で肥りすぎだったが、最近の進展から取り残されつつあった。発表される研究報告はあまりに難解で、気が滅入る文書でしかなかった。自分の研究に価値がないと思い込み、ゆっくりしたペースで研究できる地味な分野のポストを研究していた。だが完全に諦めたわけではなかった。一九三三年の会議でも意識してなかったろうが討論では鋭い質問を投げかけ、発言者を明確に説明するよう仕向けた。おかげで本筋とは無関係なことに逸らされずにすんだし、新しいアイデアの特徴を見逃さずにすんだ。会議ではディラックの近くで、煙たい空気から離れて何時間も話していた。

 ボーア邸で閉会のスピーチが済むと参加者は玄関まで荷物を持ち出し暇を告げた。よくあるほろ酔いの別れだったがタクシーに乗ろうとしたエーレンフェストの様子が落ち着きなく、やりきれなそうに見えた。ディラックのいろいろと尽くしてありがとうという言葉に返すことができず、ごまかすためにかボーアのそばに行って別れを告げた。戻ってきたとき頭をたれ、すすり泣きながら言った。「君が言ってくれたことは、君のような若い人からの言葉として、わたしにはものすごくありがたすい。なぜって、たぶん、わたしのような者は、生きる価値がないと感じているからね」。一人で帰らせるのはまずいと思ったが考え直した。「たぶん」ではなく、「ときどき」と言おうとしたと結論づけた。気の利いたことを言いたいと思い、自分が誉めたのは本心からと強調した。まだ泣いていたエーレンフェストはディラックの腕をつかみ言葉を捜していたが、思い浮かばなかった。
「量子の海 ディラックの深淵」より



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大塩高志
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