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発想当初はアインシュタインの業績や人間関係に、他の科学者の活躍の添加を自分で想定。が、
アインシュタイン以外の科学者の伝記を読み、「比較」が物語れると思いつき。もちろん『タッチ』、
『機動戦士ガンダム』でも自分で見つければ比較考慮の論は展開可能。しかし一九〇〇年から始まる、
「量子(論)の歴史」を物語るには多くの科学者の見方が必要と気づいて。
見込み違いだった要素はしかし、作家の想像を越えられると気づいたのですね。例えば科学者の、
(業界での)有名になる過程が描ける。アインシュタインはプランクの自らの権威による普及で、
(特殊)相対論とともに確固とした地位を確保してもらったし、同じことはボーズとド・ブロイへの、
アインシュタインの役割にも言えるのでした。つまり比較による考察が明示できるということ。
シュレーディンガーに関してはプランクが関与するので直接アインシュタインとの比較が可能だけど、
ボーアやハイゼンベルクは「急に」有名になる展開で良いと私は考え。ディラックに関しては、
先陣争いで負け続けた末の独自の論という展開なので、「権威に公認してもらう」という上の段落と、
やはり違う物語と考えられ。つまり加入の仕方にさえ、新旧の量子論の演者の違いが演出可能に。
さらにアインシュタインは「コペンハーゲン解釈」を批判し続けるので、二つの相対論で、
時空や重力に対する見方を一変させた当時のアインシュタインと、比較可能であり。実際、
自らは独自の関与は乏しいらしいけど、量子論を方向付けたり解説する能に長けたエーレンフェストが、
アインシュタインに直に言ったらしく。また第一次大戦への対処も描写すべき事柄。
当時はベルリン大学の教授なので、ハーバー教授、マイトナー博士、ボルン博士という三名の、
ユダヤ人と交流したはず。伝記や紹介されている手紙類から人物が推察できるので、上手く物語れば、
科学者というより「人間の話」として興味を持ってもらえると推察。しかし「最大の比較対象」は、
私が考えるに「ワイマール共和政のドイツ」と「戦後日本」と私は理解し。
再三指摘するけど戦後賠償の免除、権威の存続、(高度)経済成長など、1945年以後の日本は、
戦間期のドイツを失敗学として参考にした結果と、すでに私には明白なため。
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