科学談義

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 私も学生の頃は自分を大器晩成と規定して目標を欠いて過ごしてた。でもアインシュタインを始め、
物理学で前世紀の「序破急」の序の時期に活躍した科学者の伝記で分かったことは、優秀な人間は、
遅くとも大学生の頃までは友人や教師に才能を認められていたということ。シュレーディンガーも、
ノーベル賞の受賞対象の仕事は三十八歳の時だけど、大学生で天才と認められたみたい。

 ハイゼンベルクは入学した時に担当教官になったゾンマーフェルトから与えられた課題を、
半整数という奇抜な発想で解き、早速(ミュンヘン)大学内で才能を認められた格好。とはいっても、
以後の展開は(量子論という問題があまりに複雑なため)行列力学を提唱する(できる)まで、
結果として少しずつ着実に量子の振る舞いを考察する必要があり。

 ディラックは大学院生だった一九二四年のクリスマスまでに優れた論文を五つ書いてたけど、
他人の研究を片付ける仕事が中心だったらしく。もっとも数学や物理の才能は教官も認めるほどで、
問題は才能に見合う課題を発見できるかということで。ド・ブロイが物質波の論文を提出したのは、
博士論文としてだけど、戦争があったので三十二歳になる年。

 ボーアに至っては学位論文と博士論文(両方とも一九一一年)を発表した二年後、一九一三年に、
自分の名を冠することになる原子模型を提出。多分二十七歳の頃で、以後「ボーアの原子模型」で、
原子の構成要素を考察することになるが、徐々に不備が目立つことに。パウリに関しては殆どの期間、
裁定者として振る舞った格好だけど、二十一歳でアインシュタインから称賛された相対論の本を出版。

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大塩高志
大塩高志
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