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出来るだけ自由に発想したいと考えている「俺ガンダム」ですが、今まで思いつき損なっていた、
「ドラえもん」の方法があると気づいたのでした。「ドラえもん世界」には二つの定義、
藤子・F・不二雄か漫画『ドラえもん』で利用した「ドラえもんがいる書き手と読み手の同時代」と、
ドラえもんが製造された二一一二年という時代という意味がある。
「ドラえもん世界を『ドラえもん』から切り放す時期かも知れない。」とは、列島震災を体験した私の、
月末になっての問題提起。件の記事で私は以下のように指摘を。
でもドラえもん通の瀬名が作家として活躍する現在、ドラえもんが生まれた時代を、 一方のガンダムシリーズはアナザーガンダムでも「現在の世界情勢と作家の発想」により、
物語を提供し続けた筈。しかし結果としては富野由悠季(ファーストでは富野喜幸)の宇宙世紀もの、
中でも「ファーストガンダム」と呼ばれる『機動戦士ガンダム』のテレビシリーズ全四十三話と、
放送後に三部作として作られた「劇場版ガンダム」(だけ)が世間で認められた形。
続編の『機動戦士Ζガンダム』でガンダムシリーズは(良くも悪くもサンライズの)商売の基盤に、
なったと私も理解。しかし(当たり前と私は思うけど)「ファーストの夢」を(実作者と出資者が)、
見ることに(今のところ)失敗し続けていると思う。実は一つの案として「うち郵政期の日常」を、
物語ればいいと思いついていて。
NHKの大河ドラマでも戦争や政治の話になり勝ちだけど、室町時代でも江戸時代でも「庶民」は、
いた筈であり。藤子・F・不二雄の『ドラえもん』では未来の道具による私たちの社会の変わり様を、
物語ったと理解し。しかし今日の記事の当初の思い付きは大長編ドラえもんにガンダムシリーズを、
利用すること。つまり伝記としてのガンダムシリーズが公開された時代の「夢の物語」という意味。
例えばア・バオア・クーで戦闘中のアムロを含むホワイトベースの面々とシャアが「戦国自衛隊」に、
なるとか。移った先は第一次大戦開戦直後のベルギーにして、ドイツ軍と対峙させては? 多分、
人類の馬鹿さをたっぷり認識して、生き残った人は宇宙世紀に帰る結末。恐らくアムロとシャアは、
一緒に行動して「帰還」することになると私には考えられ。
[3866 dora gundam.txt]
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創作ガンダム
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