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 私が(敢えて)『機動戦士ガンダム F91』をあだち充の『タッチ』と比較するのは、正に富野は、
「F91」で上杉達也と浅倉南を取り込みたかったと憶測するからで。展開の省略と「アイドル」が、
まず共通すると考えられ。しかし私も科学者の伝記を台本『アインシュタイン・ジャーナル』として、
まとめる過程であだち充の作劇を真似ることの危険に気づき。

 しかし例示としては私が解釈した小説『タッチ』にします。物語は原作通りにしているつもりですが、
情報も原作程度では小説としてはまずいと気づいたのですね。だから私は上杉達也と浅倉南に、
新田明男と柏葉英二郎の過去を調べさせました。また最近では『タッチ』の劇中時間で省かれた物語、
「(野球選手としての)松平孝太郎の成長」があったと(小説として)指摘を。

 つまりあだち充は「上杉達也が上杉達也を超える/越える」という主題を全うするため、
                       和也
「甲子園」という目標には重要な要因であっても『タッチ』にとって煩雑と思えば、潔く省いたと、
気づいた次第。一方で「F91」での「省略」は細かな展開というのが私の認識であり。だから、
逐一の説明台詞が必要と考えるけど上手くいった場面もあるが、悪手がベラ・ロナの場面に。

 多分、前世紀に思ったことですが、富野自身は自讃していた「もう自殺はしない」と述懐する場面。
今から思えば『タッチ』単行本第7巻での交通事故の場面を省略した「手法」を援用したと憶測。だが、
ベラ・ロナは(多分)介抱されて蘇生したわけだから、他界した人間の「描写」の利用は鑑賞者が、
人物に思い入れるのを妨げると考え。

 また『タッチ』では南ちゃん気立てのいい少女に育った理由をタッちゃんとカッちゃんの二人に、
                が
示せていると考えるが、セシリーの場合は「F91」て断片でも示したか疑問ということ。恐らく、
シオ・フェアチャイルドがいい義父だからだったと思うが、初登場が「裏切る義父」だったため、
セシリーに(本来)シオが与えた影響は(映画では)ぼかしてると私は理解し。

 さらに前回の私の指摘の理由に言及。以下に紹介するのはシーブックとセシリーの(映画での)、
初登場場面の批判箇所。

 特に映像では初登場場面が人物を定義と考えるが、「シーブックがセシリーの腕を引っ張る」では、
以降の二人の思い/想いの切っ掛けとしては「軽い」と考える。

 以上の文言は修正版ですが、対照として達也と南ちゃんの『タッチ』での初めての掛け合いを羅列。

達也「よう、ご両人!」
南「あら、連続遅刻記録更新ならず。残念!」
達也「るせいやい!」
南「あと一回でまたバツ当番だからね、タッちゃん」
達也「ふん!」

 以上の会話で馴れ馴れしい南ちゃんと、馴れ馴れしさ自体には当然みたいな態度の達也が描写。で、
一方の「F91」の二人は(友達としても)付き合った時間、初対面の時期がやはり曖昧と思うところ。
だから離ればなれになって互いに相手を思う展開を、私は戯作者の都合と考えてしまうという意味。


[3910f91.txt]

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『タッチ』との比較が妥当かどうかという点は「うーむ」という感じですね。
ただ俺の記憶が正しければ、『タッチ』的なものを取り込まなければならないとするサンライズ内の富野の発言があって、それが『SEED』に繋がったとも言いますね。『SEED』、未見なんですが。
富野自身は(『タッチ』のような)ロマンティック・ラヴ・イデオロギーとは徹底的に無縁ですから、『F91』に多少ともその要素が垣間見えるとしたら共同執筆者伊東恒久のアドバイスがあったせいかもしれません。
シオのくだりは仰るとおりで、納得です。 削除

2017/4/22(土) 午前 11:04 [ shiwasu5 ] 返信する

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