責任転嫁は奴等のやり口作詞・作曲 遠藤ミチロウ 実はミチロウが批判するのは人(ist)であって、主義(ism)を皮肉るのは(愛国でも)、
避けていると思う。でも先月末記事にした[4078]「主義者(イスト)」 荻上チキに捧ぐで、
書き忘れたけど、注意して歌詞を読むと主義者(≒ロマンチスト)を揶揄や批判する一方で、
(全面)否定しているかは疑問なのです。
単純に言えば否定するにはミチロウ自身の主義を告白する必要があるが、歌詞の主張から言って、
矛盾を来たすこと。だからミチロウは(言外に)主義に対しては敬意を表す一方、
主義に準じる人は限界があるんだよと、当時のパンクの聴き手(出来れば日本の大衆)に、
注意喚起したかったと思うのですよ。
今回取り上げる、後年のソロアルバム『THE END』では「THE STALIN」と曲名を変えた歌詞も、
主題を「自分で考えろ」とすると全く同じと思うのでした。特に以下の部分。
救われないのは保証付き 「救われ」は受動態だから他人(例えば政治家)任せという意味を含む。しかし「否定」が、
「保証付き」というなら、よりよい人生を生きたいなら、さらに社会を動かしたいなら、
「(聴いてる)お前が活動しろ、動け」という意味になる。しかし注意すべきは、
ぶち壊すだけじゃ収まらないぜ
とも言っていることであり。つまりミチロウも破壊に対する否定は避けるが「時代が泣いている」の、
次の箇所を言っていると私は解釈。
型にはめられたルール通りに作詞 秋元康/作曲 芹澤廣明 続く歌詞は「だけど 古い ロープに縛られちゃいけない 」であり、大衆相手の商売人の秋元康の、
真骨頂と考えられ。一方の(多分)文学青年であり31歳のいい大人だった遠藤ミチロウはさすがに、
大人の責任として能天気な言葉は避け、「最後まで責任を取れ」と歌ったと思うのですね。そう、
今回の総選挙についても。
[3958the stalin.txt]
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