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柏葉英二郎――。
それが初対面のタッちゃんに顔面に四つ、ボディに三つ鉄拳を食らわせた男の名前。もっともこの時点
では私浅倉南は居合わせていない。部員全員と新しいマネージャーの前での自己紹介だけど、南は新体操の練習でちょっと遅くなってた。でも小説『タッチ』には外せない場面なので、タッちゃんたちの証言によるものと明かした上で、続けることにする。
「まあ、おれの名前などどうでもいい。西尾監督が復帰するまでの、ただの監督代行だ」
そう、新入部員が入って早々、西尾監督は入院したのです。娘さんで大学生になった佐知子さんは暇してるわと言っていたけど、年だから無理させられないとも言ってた。するとその西尾監督が頼み込んだ多分OBが、パンチパーマで鋭い目つきのサングラスの柏葉監督ということになる。孝太郎くん以下の部員のみんなもそう理解した。しかし、
「だが、これだけは覚えておけ。おれはおまえらと仲よくやる気はない」
孝太郎くんが代表した形で戸惑いの一音を発したらしいけど、新しいマネージャーに手当されている
タッちゃんが確たる証拠になってたはず。
「とにかく、期間はわからんが一任された以上、おまえらを煮て食おうが焼いて食おうが俺の勝手だ、いいな!」
南自身は内野にも来ていなかったので、いいな!しか明確には聞き取れていない。だから正座の由加さんの前で延びているタッちゃんを認めた南は、すこし混乱してた。
「どうしたのいったい、ボールでもあたったの?」
「さァ」
由加さんのおとぼけに、南は気づくべきだった。張本人は背後にいることを。
「なんだ、おまえは?」
一見して堅気じゃないかもと察せたけど、タッちゃんをボクシング部に入れた原田くんと付き合いがあったから、臆する必要がなかった。
「野球部のマネージャーですけど」
「ほう、今ごろノコノコでてきてマネージャーだと?」
眼光のするどさに、さすがの南もちょっと怖気づいたっけ。
「監督代行、南ちゃん、いやその人は浅倉南といって、新体操部と掛け持ちなんです。そう、新体操のインターハイ選手…」
「なぜそんな面倒なマネをする? おれは中途半端がきらいでな」
なァに、この高圧的な態度、態度では平静を装ってたけど、内心は怒りはじめてた。
「女のマネージャーなど二人もいらんだろ」
「そうですネ、わたし一人でもなんとかまにあいますよ」
由加さんまで。この日まで新入りマネージャーとして入部してくれて数日、意外に人当たりがよかったから仲よくできそうと思いはじめたころだったけど、柏葉英二郎の出現で私たちの仲がふたたび晒された……。
「でも監督代行…」
反論するには孝太郎くんの声は勢いがなさ過ぎた。
「明日からかけもちの必要はない!」
「そんなァ!」
大きな反応を返してくれたのは野球部のみんな。しかし代行の一喝で蹴散らされてしまった。
「なにやっとるんだ、おまえら! さっさとランニングせんかァ!」
そしてタッちゃんにも。
「オラッ、きさまもだ!」
みぞおちを殴るのを見て、もちろん南は一歩踏み出したけど、せき込む前の一瞬のタッちゃんの眼光に、ためらってしまった。これも男どうしのけんかかもしれない……。
「言ったことが聞こえなかったのか?」
ちゃんと顔を上げたタッちゃんの表情は、コメディが入ってた。孝太郎くんの突っ込み、ランニングに引っ張っていくことで何とかこの場は収まった。
監督代行はベンチへ歩き、由加さんからは心配無用のピースサインをされるしで南の怒りの行き場はなくなった。こうなったら
この浅倉南 してやる
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