|
発想の元は「An another tale of Z」と「ヒトの秘密」の二つ。前者は『機動戦士ガンダム』の、
あり得た「もう一つの続編」で、後者は(集団)虐殺についての「死者の割合」に敬澄すべき思考が、
あると思ったから。実は本編は未読ですが、以下の視点が気が利いてると思って。
一連のガンダム諸作品を見てみると、いわゆる「ガノタ」の諸々の議論が始まるのは「Zガンダム」からなんですよね。私の場合も「逆シャアの後」とか、「一年戦争から百年後」といった迷惑にならない位置での創作も考えることはできました。しかし、そういう作品の場合、「Zガンダム」の後に延々と繰り返されてきたパターンを無視できない。少年が、親父の作ったモビルスーツに乗って成長していく、というストーリーです。 私も「俺ガンダム」を色々思いついてきたつもりだけど、「少年がガンダムを奪う」というΖの、
形式だったと今更気づいて愕然としました。一方「コロニーを落として人口を半分にできるか?」を、
以前から考えていたのですね。スペースコロニーは人工物だから落ちる前に破壊されると考え、
「実際」は軌道エレベーターの崩壊と推論。しかし軌道エレベーターでも被害の場所は限られる。
しかし当時のアースノイドの半数が犠牲とは誇大と思っていたところ、先週の回、
第10回「集団虐殺はなくせるのか」で、戦争を含むヒト同士の闘争による死者の割合は文明社会より、
部族社会が多いと説明。コロニー落としでも軌道エレベーターの崩壊でも、主体が中央政府なら、
人の被害は意外に乏しいと想定できるわけ。ならば今まで観てきた「ガンダムシリーズ」とは?
宇宙世紀ものが「事実」で、アナザーガンダムは宇宙世紀の作家の創作、∀とGレコはSFという、
以前の私の見方は間違いかも。(∀を含む)すべてのガンダムシリーズは『∀ガンダム』の時代以後、
発掘された「黒歴史」の情報から構想・構成された「物語」と思いつき。だから矛盾や齟齬があり、
ということは一年戦争の「実態」への新たな推理と考察も許されると私は考え。
[4105re gundam.txt]
|
全体表示
[ リスト ]



