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ひょっとしたら宇宙世紀の方が少年(少女)問題は深刻かも。軌道エレベーターがあれば地球と、
コロニーを自由に行き来できるから、家出には打ってつけの設備。社会問題になれば警備員も、
考慮に入れて対処するし、法律も整備されるはず。宇宙バイクも免許制になる筈だが一旦取得すれば、
宇宙は交通網を欠いているから、運転者は「立法事実を根拠とする法律」から逃れられる。
ただ余りにも運転が自由過ぎるから「暴走族」が勝手に経路を作り、族同士で競い合う物語が、
考えられ。当然警察の取り締まりの対象になるが、返り討ちでリンチして宇宙世紀版の、
「ロメオとジュリエット」が想定でき。一年戦争前でも地球連邦とサイド3は犬猿の仲の筈だから、
悲劇を物語るには打ってつけの設定。
途中でブリティッシュ作戦が敢行され、悲劇として物語が終わった後で休戦協定の語りを入れれば、
若者の諍いと滅びの物語の意味の喪失さと残酷さを表現できると思うのでした。
[4128space side story.txt]
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「生き残りか、付き合いか?」の評判合戦なんだよね。だから現政権の反対勢力への徹底非難は、
主義主張と行動が一致なので理に適う。でも安倍政権を批判する「反日勢力」は荒い言葉を使うほど、
主義主張と行動が齟齬を来す。重要なのは敵を批判するより「受ける」ことだから。高度情報社会の、
現在は特に「受けた方が勝ち」。私が今民進党の議員なら、国会で「安倍首相、有り難う」と言う。
日本の政治と行政の問題をあからさまに提示してくれたからで。安倍政権が特定秘密保護法などで、
目指そうとした「行政(主導)国家」は政治と行政の関係を弛ませ、歪ませるため間違いだったと、
分かったため。だから「反日議員」は説明責任を避け続けてきた安倍政権は反面教師になったと、
感謝しつつも明確に日本政治史での役割は終わったと、退陣を迫るべき。
私も日本国籍を持つ者として、安倍首相の思想と思考と政治哲学を理解しようと思っている。が、
行政手腕と政治のやり方から考えると、日本国民を全体として不幸・貧乏にして国家に従わせる、
未来を指向していると憶測するのでした。面罵と拒否と忘却が好みの政権が日本の顔・代表では、
国際社会で重要な役割を与えられるか?
文句が言えない 文句が言えない 作詞・作曲 遠藤みちろう
[4127abe hihan.txt]
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やはり危惧するのは『あしたのジョー』の縮小再生産になること。でも実直に作り直しと考えれば、
今回のような始まりに納得でき。だから本作の一番の敵は『あしたのジョー』であり、命題としては、
<「ジョー」をこえる>であるはず。物語としては「どん底から這い上がる」というジョーの足跡を、
踏襲しているようだが、人物像は異なる。ジョーは自分で道を作ってた。
でも初回を観る限り絶好の機会は「出会うもの」で、重要なのは「生かすか、殺すか?」と理解を。
するとウルフ金串を更衣室で倒したことを皮切りに、自分の実力と策で成功していくより大衆寄りの、
物語と考えられ。別の意味で興味を持つのはProject ANIMAに提出したロボットアニメ企画が、
著作権の切れた小説の「作り直し」でもあるため。
「驚き」が物語には必要なので、私だったら政治を物語るはずで。つまりライダーとして敵地に、
乗り込んで「撃退する」お話という意味。正に「仮面ライダー」だが、首領もメガロボクサーとして、
「ジョー」と最後の対決をすれば物語として理にかなうと思う。
参考:アニメ「メガロボクス」公式サイト
[4126megaro box.txt]
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民放が数学者の生涯を扱っただけでも驚異であり、敬意を表する価値があり。しかも妻の演説で、
明かされる物語の趣旨が相互理解だからなおさら。物語としては潔(きよし)・みちの岡夫婦が、
数々の難局を踏みとどまり、頑張っていく内容。(日本の)大学との軋轢は要点だけに限って、
夫婦各々の実家との付き合いを明確に描写。でも私にはアインシュタインとの違いが面白く。
アインシュタインはドイツの科学誌『物理学年報』の編集、プランク教授の尽力で(学界で)、
有名になれたので。自身の考え方と違う光電効果も掲載したし、一般相対論では完成への過程を、
常時掲載しているし。一方の岡は論文数が乏しく、やっと書いても日本では(一旦)拒否された。で、
認めさせるために外国の権威が必要になる。でも論文数は物理学との違いから理解でき。
単純に言えば(ホーキングの研究のように現実との対応を欠いても)物の理(ことわり)の学究が、
物理学の使命。しかし数学は数論や微積分、幾何などは現実を基礎にしているが、例えば直線は、
「現実」の存在か? そう、物理学が理解し易さのために「理想の環境」から考察するのに対し、
数学は徹頭徹尾「理想の世界」を研究する学問。
「理想の世界」だから研究はどんどん基礎を指向し、しかもどんどん難問に。物理学も、
素粒子物理学の基礎の量子力学は確かに難問だけど、「現実だから」という言い訳が立つ。そう、
物理学は「真の値」を目指すため、考え方を更新できる学問と思うのです。でも数学においては、
今まで真とされてきた全ての論理が真であり、偽と判定するには論理矛盾の指摘が必要と云うもの。
だから私も物理学とり数学が「手強い」と推察し、(日本人であっても)大衆の常識外の数学者を、
分かり易く物語ったことが一番の功績かと。
[4125oka kiyoshi.txt]
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「大東亜戦争」後に生まれた作家が九回特攻隊員として出撃した戦闘機乗りに信頼されて成立した、
貴重な証言集。しかし見事なのは著者・鴻上の物語り方。真面目で誠実ではあるけれど冷静であり、
自分の見方を表明する箇所も押しつけは避けてる。多分、羅列した事実の徹底した分析・解釈こそが、
本書の主張に合致すると鴻上は考えたと憶測でき。
鴻上尚史の本書での主張は「精神主義を否定しよう」です。実は私は『巨人の星』や『タッチ』に、
「頑張れば何とかなる」という精神(万能)主義があると理解してて。しかし大衆が慰めとして、
「やればできる」というファンタジーを所望するのは理解し。でも作戦や経営はファンタジーを排し、
正確な情報による冷静な分析が必要であり。しかし先の大戦、日本の指導者はファンタジーに逃避。
私自身は精神主義の全面否定を避けるのは、確かに一時の祭り(=躁状態)ならガンバリズムも、
肯定できそうと理屈で気づいたから。しかし鴻上は「祭り」辞退を創造するプロの作家・演出家。で、
軍も「血祭り」という本来は非日常が組織の業務。つまり両方とも組織の運営には祭りの喧噪を、
制御する必要がある分野。鴻上がプロでい続ける事実に、精神主義を否定できてると憶測。
しかし演出家の市場が人気と作品の評価、演出の仕方などで計られる自由市場の一方、軍は、
「殺人が可能(義務になる場面がある)」という特質から「上意下達」が組織の絶対条件。だから、
出世するほど自分を律するべきだったが、当時の日本軍は兵隊の従順さと軍の特質に甘え、
「命令する側」として(組織運営の意味で)最悪の指揮を執り続けたと私も理解。
[4124fujimi no tokkouhei.txt]
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