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 実は前編の段階で宣伝の意味でも記事にしようと思いましたが、失念してました。前回の前編は、
救援のために主人公らの男たち三人が日本に帰国するまでの物語。そして今回の後編が男三人が、
旧満州に残された同胞を救出するために奔走する話。総じて(いい意味でも悪い意味でも)いい話と、
思った次第。皮肉は避けるけど、もっと陰鬱で陰惨で陰湿な物語があったはずだから。

 また男たち三人が手分けした講演会は契機であり、因果関係を分析すれば膨大な要因が絡み合い、
日本国民の焦眉の関心になった結果と憶測を。しかし三人の必死の演技で旧満州の過酷さは伝わり、
吉田茂の老獪さも納得。さらに前編も含め、一つひとつ最善と思われる手段を主人公が講じる展開も、
私の好み。だから終幕になる家族との再会も素直に喜んだ場面。

 しかし私が一番驚くのは三人の男たちの互いへの信頼でして。もっとも当時の状況で三人一緒に、
活動してきた上での別行動だから、各自が責任ある行動をできたと思う。だからもう一人の男も、
家族との再会という贈り物を受け取れたと思うのです。

[4123utopia.txt]
 全般に見世物として面白い議論だったけど、記事としては池田信夫への批判だけに留める。池田は、
今までの事故の回数と基数から今の日本の原発は安全と言っていたけど、確率を歪曲して使った諭と、
私は思う。航空機事故にも言えるけど一生懸命頑張った(頑張ってる)結果が今の「事故率」と、
思うのです。しかも航空機事故で言えば、事故ゼロの年も複数起こってしまった年もあり。

 だから原発でも今の事故率を絶対の前提と見なし、未来の事故の起こり易さ(起こりにくさ)を、
計算するのは「原発賛成派の戯れ言ね」と私は判断。しかも地震や日本列島という大前提を、
全ての原発賛成派は忘却してると思うのでした。さらに温暖化による風水害の危険を含めれば、
通常運転でも慎重さが求められる発電方法の危うさが分かりそうなもの。

 核燃料サイクルも破綻しているのは明白と思うので、日本が国家として推進している原子力発電は、
原発震災により、撤退戦の時期になったと思うのですよ。国土保全の意味での保守主義者であれば、
帰還困難区域の発生や補償金の多寡で地域住民を分断し、差別意識を醸成した原発と原発政策を、
目の敵にしてもいいと私は思っていて。

[4122asanama.txt]
第一条
ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。
第二条
ロボットは人間にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
ロボットは、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。
— 2058年の「ロボット工学ハンドブック」第56版

 上記の条文はSFでは名の知れた「ロボット工学三原則」。アシモフの小説を掲載していた雑誌の、
編集長ジョン・W・キャンベル JrがアシモフのロボットSFの特質を定義した文言。以後アシモフは、
率先して自分のロボットSFの縛りに活用。今回あえてSF話をする理由は、日本の役人の特質の、
「情報抹消主義」を「情報記録主義」に変えるには役人が「ロボット」になるべきと思いついたから。

 試しに「人間」を「国民」、「ロボット」「役人」に変えてみる。

第一条
役人は国民に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、国民に危害を及ぼしてはならない。
第二条
役人は国民にあたえられた命令に服従しなければならない。ただし、あたえられた命令が、第一条に反する場合は、この限りでない。
第三条
役人は、前掲第一条および第二条に反するおそれのないかぎり、自己をまもらなければならない。

 正に公僕としての役人の定義であり、「理想の行政官」と私は理解。もし日本の行政が徹頭徹尾、
国民に奉仕すれば公害や薬害、あるいは震災での「国民の理解・認識の分断」は避けられた筈。が、
先週の証人喚問の答弁を考えると、さらに第零法則が必要と考えられ。証人喚問で証言を拒否しても、
国民への直接の被害を特定しにくいため。

 Wikipediaによると、ロボット工学の第零法則は「第1条の人間が人類に置き換わったもの」なので、
下記の条文を意味。
第零条
ロボットは人類に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人類に危害を及ぼしてはならない。

 なら「人類」に置き換えるべき「役人工学」第零法則とは? 私は「市民社会」が適切かと。そう、
人びとが気軽に意見表明でき、今の社会が守るべき対象と国民が思い続けてくれることこそが、
役人の最大の存在理由と思うのでした。
第零条
役人は市民社会に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、市民社会に危害を及ぼしてはならない。

 忘れてしまった
 思い出せない
 見えない
 何も見えない
作詞 遠藤ミチロウ
作曲 乾純

 上記の役人や政治家の言い草を有権者が批判・拒否するためにも。
[4121human robot.txt]
 極めて真面目で誠実でロックな回と思いました。大越健介キャスター自ら、自分たちの報道姿勢、
「より安全な復興」の提言を疑ってる。当時は良かれと思った主張が実現の過程で様々な困難に遭遇。
時間とお金という主要な問題により被災者は避難先の生活を確立したため、整備された区画の地元で、
生活を改めることは困難に。子供たちを学校に通わせられても、通学手段に金が必要で。

 また被災者に対する行政の支援については、以下の第二次ネオジオン抗争でのシャアの演説を、
地で行くもの。

このコロニー、スウィート・ウォーターは密閉型とオープン型を
つなぎあわせて建造された極めて不安定なものである。
しかも、地球連邦政府が難民に対して行った施策はここまでで、
入れ物さえ造ればよしとして彼等は地球に引きこもり、我々に地球を解放することはしなかったのである!!

 「孤立する被災者」の現状は正に、国が被災者本位の施策を避け続けた結果と思うのです。私は、
本来は地元を知る選挙区の政治家一人ひとりが、自分の政治生命のためにも霞が関の役人に、
柔軟な行政を命令すべきだったと考え。もちろん与党議員もやっている筈だけど、結果として役人が、
「一枚上手」だったと憶測を。さらに憶測すると江戸幕府崩壊和を失敗学の教材とした結果かと。

[4120shin'sai.txt]

 昨日の仮面ライダーに続いて今日はウルトラマンで考察。でもモビルスーツという巨大ロボットが、
前提となる宇宙世紀が舞台では、初代のSFとファンタジーを掛け合わせたいい加減な作劇は、
子供でさえそっぽを向かれる恐れがある。つまり「巨人がいる世界」では「別の巨人」を嘘でも、
信じることが難しくなり。怪獣は「人間が作った巨人」で対処できるから。

 また「モビルスーツと共闘」のウルトラマンと設定しても、モビルスーツは運用が肝心なので、
怪獣退治の話だけの戯作は困難。では宇宙世紀に相応しいウルトラマンは可能かと問われれば、
「子供番組の否定」を提案したく。つまり「少年の心を持った大人の読み物」=SFとして、
宇宙世紀の怪異譚や開発の問題を考察する象徴に「怪獣」を利用するという意味。

 ウルトラマンは宇宙空間を飛べるので地球とスペースコロニー、スペースコロニー間を行き来する、
場面を定番にできると想像。しかし怪獣が同時多発も考えられるので、組織としてのウルトラの星を、
物語る必要があると思って。多分主題は怪獣問題より、「ウルトラマンとの共存」に移ると考えられ。
「生活環境が全く違う他者」を象徴させるのに「ウルトラマン」は打ってつけの「嘘」と思うため。
[4119uc ultraman.txt]

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大塩高志
大塩高志
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