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朝日新聞とよく購読している晴耕雨読で、似た趣旨の記事が出ました。前者は選挙期間中の、
作家・高橋源一郎の現場報告で、後者は憲法を話題にした名もなき投資家氏体験。高橋はまず、
自動車工場の臨時工だった頃の、同僚の労働組合員の台詞を紹介。
「誰が当選しようと知ったことかい。おれ、35年ローンで家を買ったんだ。一生奴隷が確定だ。あとは定年が来るのを待つだけ」 高橋自身は今回の寄稿を「わたしは、長い間、どんな選挙でも投票に行かなかった」と書き始めてる。
今(多分、遅くとも「すっぴん!」を始めてから)は投票しているようで、以下のように説明を。
選挙になると、わたしは、いつも「棄権する人たち」のことを考える。彼らは、多くの場合、どの政党よりも多い、最大多数派だ。彼らにも、あの頃の私と同じように、はっきりとした、棄権の理由はないのかもしれない。いや、「熱心な支持者」に見えて実は無関心な彼と、同じ気持ちを共有していたのかもしれない。 上記の「彼」は35年ローン云々の当時の組合員ですが、寄稿は以降、今回の参院選の風景を語り、
「すれ違う人たち」について思索。小林よしのりは朝日新聞の権威になっていると批判するが、
小説を読むより「すっぴん!」での語りで「体験」した私は、「源ちゃん」と呼ばれていることもあり、
当初から「社会派アイドル」という認識。だから応援の対象で(偉そうですが)頑張っていると理解し。
以下は晴耕雨読に掲載された名もなき投資家氏の文面の一部。
知人に「憲法改正」話をさり気なくしたら、「私そう言うの興味ないし、考えを押し付けられるの嫌なんだよね」という感じで拒否られました。。。 私は憲法改正の問題を知人には押し付けてはないんだけど(こういう問題があるんだけどどう思う?と聞いてるので)、 憲法が変われば、ある一部の勢力の考えを日本国民全体に押し付けられてしまうという問題が起こる。 別な知人からは「政治的な事に巻き込まないで。そういうこと考えたくないの」と言われました 幼馴染までに「政治的に誘導するな」と言われてショックで寝れないなう 源ちゃんも名もなき投資家氏も真面目に(日本)社会を憂えていることに敬意を表しますが、
アインシュタインの伝記を読んだ段階で私は日本の庶民が政治を忌避する理由が分かって。つまり、
「物語作品の中の〝ゲーム”が殆どの場合、ただ一つだから」と分かったから。例えばあだち充の
『タッチ』は野球、『真田丸』は戦国の世での生き残り。
しかし実際の人生ではゲームは「複数」あると気付いたのですね。先週亡くなられた永六輔は、
芸能と放送の両方を(役割と意味を含めて)熟知していたと推察。しかしアインシュタインと、
似た例でいえば前にも言及したモハメッド・アリが典型と私は考え。つまりカシアス・クレイの頃、
ベトナム戦争に対して良心的兵役拒否を示し、ボクシング界から追放された形。
アリの場合は復活という物語があったのですが、アインシュタインはナチスが政権を執り、
(米国からベルギーに来たけど)ドイツへの帰国を拒否。というのもナチス政権下のドイツに、
自由と民主主義の信奉者と自他ともに認めるアインシュタインは「狙われる」と理解したため。そう、
アリやアインシュタインの物語は、主人公の本来の分野に政治が介入した例と考えられ。
簡単に言えば日常を楽しく過ごしている庶民は自分の人生(物語)に満足し、物語の「設定」の、
危うさを忘れている登場人物と理解できるということ。というのも物語作品には強固が前提の設定が、
存在するからと思う。『巨人の星』では球団経営が曖昧だったし、『あしたのジョー』なら、
ジョーが少年院を出るまでの監督側の動静が、回避した描写。
また富野由悠季のガンダムシリーズの場合、「ホワイトベース」や主役機の「ガンダム」の活躍の、
報道のされ方は徹底して物語から除外に。しかしアインシュタインは日食観測の結果によって、
「時の人」になったと指摘済み。つまり一九一九年の終わりから「有名人としての物語」が、
始まったというもの。しかしナチは相対論を否認したため、アインシュタインは政治案件へ。
つまり〈物語の「設定」の危うさを忘れている登場人物〉は自分の時代の貴重さを失念した、
気楽な人間と私は理解するのです。もちろん政治は面倒で、私も家族以外は自分からは避けるのが、
現状ですが。でも天下取りには行政手腕も必要と気づけば、「国盗り物語」に終始するNHKの、
大河ドラマの「嘘さ」を見抜けるのでは。そう、政治語りに必要なのは「想像」だけと思うのですよ。
[3458sanin kenpou.txt]
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