|
両方を読み、さらにスポ根物(の定義)を理解する者なら了解できると思うけど、『巨人の星』と、
『あしたのジョー』を比較してスポ根と云えるのは前者だけ。以前は確かスポ根は教養小説の一種と、
説明したことがあるが、「ジョー」についての定義づけは避けていたはず。しかし『民衆の敵』に、
共通点を見つけたお陰で「トリックスターの物語」と理解できたのでした。
星飛雄馬は父親を越えるという最大の目標があるが、理由を問えば社会に認められるためという、
卑近なものであり。経路は弱小校からテスト生入団なので王道からは外れているが、大人が用意した、
「例外」と私は理解。しかしジョーは少年院という人生の底から実質物語が始まり、ジムの会長の、
丹下団平がボクシング協会から追放されているという障害があったのですね。
別のジムでプロを目指せたジョーだけど、段平のおっちゃんからボクシングを教わった恩義があり、
請われた白木ジムは力石との対戦を逸するので、若手のホープを一撃する手段を取るのですよ。そう、
矢吹丈こそ『あしたのジョー』が実録の日本ではトリックスターと気付き。作品内では描写が乏しいが、
矢吹丈に関して社会現象としてもボクサーの生き方としても錯綜した議論があった筈で。
ところが飛雄馬は振り出しこそ長屋で高度経済成長の日本では「取り残された人々」の一人だが、
甲子園で名を馳せて巨人軍で活躍する「物語」は、作品として享受する私たちも劇中の大衆にも、
受け入れられやすく。後年の「タッチ』も作品としては「トリックスター」だけど、上杉達也は、
野球部に入ってからは教養小説に少しずつ変わっていったと私は考え。
ジョーもカーロス・リベラ戦以後、ホセ・メンドーサ戦に至るまでに白木陽子の尽力が存在し。でも、
協会全体でジョーをつぶすのは避けられたみたいで、物語の終りまでジョーはトリックスターを、
全う出来たと私は理解を。
どうせウソだとわかっているさ 作詞 遠藤みちろう 作曲 THE STALIN
[3982trick star.txt]
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2017年11月04日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



