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一年戦争の頃のアムロとシャアは度々戦場で相対したけど、後のグリプス戦役の共闘はともかく、
互いに敵対する軍服を着ていた頃は飽くまで敵同士の認識だった。途中から特にシャアはアムロを、
認めたものの、戦いを止めたのは妹のアルテシア、セイラの仲裁によって。しかし『ルパン三世』の、
ルパンと銭形の関係から考察すれば、実力を認め合った関係は「馴れ合い」に移行すると想像。
シャアとアムロの場合はララァの喪失によって「和解」を逃した形だけど、素直に展開すれば互いが、
相手を喪失した場合の「悲劇」に気付く筈。より早く気付かせるための作劇として共闘な必要な事件の、
設定が考えられる。例えば大震災とか。海岸沿いの戦闘なら津波からの避難が物語れるし、
モビルスーツが沖合に流されて大型船に救助されれば、一般兵は戦争の意味を考える筈であり。
まして避難民への対処が医療にとっての洗浄であり、避難場所はまさに野戦病院と認識すれば、
救援のための一時休戦を双方の指導者に進言すると展開でき。結果は両方が人気取りのためにも、
理解を表明すると考えられ。本来は被災地域に限った休戦だったが平和主義者の広報が功を奏し、
方々で一般兵が率先して戦闘停止を宣言。国際世論も兵士の決断を応援し。
当初は迎合する必要があった官僚と政治家だけど、せっかく始まった戦争の停止は軍需産業にとり、
最も避けたい展開というもの。だから三者が結託して休戦解消の時期を極秘で話し合い…。そう、
自分で途中で気付いたけど、列島震災での原発の問題を参考にした挿話。
[3929char amuro.txt]
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