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アインシュタインの伝記では反ユダヤを標榜していましたが、作劇を考えると「良い人」の面を、
入れたいと思っていた人。しかし事実をもとにしたいと思い、本国では出版されたと憶測される、
伝記の邦訳が避けられた状況では扱い辛いと思っていたのです。しかし以下の情報を知り、
アインシュタインとの関係は物語になると安堵を。
2月17日 しかも自分の実験の結果を宣伝したりと、出番は限られる割には印象が残る登場人物にできると、
理解でき。つまり(プランクの助力もあって)特殊相対性理論が(学界で)注目された頃は、
シュタルクはアインシュタインの味方だった。しかし一般相対性理論では挫折したのか、ドイツ社会を、
憐れんだのか、ナチスドイツに加担。科学よりドイツを愛するようになったと、現時点で憶測。
[3941stark.txt]
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今回は荻上も含め、南部以外の三人の出席者全員が共謀罪反対の立場のため、「欠席裁判」に、
なった格好。とはいえ(昨日の時点で)今日にも衆議院法務委員会での採決される見込みだったから、
聴取者と法案提出者双方への警告という意味で、適切な番組構成だったと私は理解。なので今日は、
出演者が各々指摘した法案の危うさへーの言及は避けます。聴いてもらうのが一番と思うから。
機会があるごとに共謀罪を言及してきたと自惚れる私の役目は、「共謀罪のある日本」の説明と、
自分で考える。法案の批判として「監視社会の到来」とか「言論の自由がなくなる」という認識に、
私も同意しますが、さらに「物語を展開」させると「市民社会の崩壊」を私は想定し。簡単に言えば、
「相互信頼と信用取引で、つまり善意の膨大な他人で成り立つ」社会が私の市民社会の定義。
しかし共謀罪は仕草や言動で「犯罪を犯しそうな者」と定義され、しかも定義された人間を警察は、
逮捕できるとする法(案)と私は理解を。だけど罪状を明確にするには犯行前のため、実行後のような、
明白な証拠による法廷闘争がしにくい筈で。だから警察は犯罪前の情報を入手するために、
市民を(相互)監視させたり、密告を奨励し、盗聴を自由に思っていると憶測。
しかし監視、密告、盗聴が前提の「社会」は、全ての組織に権力の回し者の存在を前提とする社会と、
私は考え。すると構成員の善意で成り立つと私が理解する社会運動は、現在の行政批判なので、
全て(権力によって)形式だけの運動になると想定できるのですね。簡単に言えば成立する法律は、
全て労働者を大企業の駒扱いし、多数の有権者の希望を阻害する狙いを持つという意味。
[3940kyoubou zai.txt]
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実は昨日の記事を上げる前の思い付きだけど、下町の少年はガンダムシリーズの主人公としては、
避けていたと理解。田舎、郊外、下町、山の手と分類すると、アムロは郊外カミーユは山の手と、
考えられる。ビーチャやモンドは下町っぽさがあるが、ジュドーは下町っ子と定義するには人柄が、
正直すぎると思う。シーブックもセシリーもブルジョアの家系と私は推察。
しかし『機動戦士ガンダム』は元々「大衆からの異議申し立て」も企画趣旨の一つだったと、
読んだ覚えがあり。なら日本の大衆映画の定番の一つ、「男はつらいよ」の「寅さん」の少年時代を、
「次」のガンダムの主人公にしてはと思いついたわけ。考えてみれば私の「俺ガンダム」の主人公も、
八王子人の私自身の影響から、郊外出身と自分で理解でき。
もちろん田舎の子供や下町っ子ではモビルスーツに乗せる特別の理由が、作劇として必須。さらに、
富野自身が提案した芸能論としても下町は格好の題材と理解し。というのも下町の雑多さと猥雑さ、
いい加減さと人懐っこさは、下町の祭りが育んだ、かつ成立した条件と考えるから。傍証として、
高度情報社会が成立した今の日本では「車寅次郎」の存在は極めて困難な点。
だから俺ガンダムの「少年寅さん」も馴れ馴れしく身体を触るから最初はうっとおしく、女の人は、
毛嫌いもする筈で。でも始終会話したり、機会があるごとに身体を触り合うのは気持ちを落ち着かせ、
隊員の自尊心を持たせる要因になると想像するのですね。
[3939gundam chara.txt]
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私の思考の癖でロックである人に敬意を表することがあるけど、コラムニストの天野祐吉も、
正に「ロッカー」と分かった番組でした。三年半前の番組を消去する前に改めて観ましたが、
人柄の理由が東京の下町生まれにあると改めて確認。番組は晩年に近い「ようこそ先輩」から、
一九八〇年代の『広告批評』の初期まで、様々なNHKの映像素材で天野祐吉さんを紹介。
しかし天野さんが凄いと思ったのは庶民の立場で反骨をやったこと。私自身にも言えるけど、
反骨の人間は真面目になり易いし、庶民は『この世界の片隅に』のすずさん(たち)のように、
大きい社会状況には受け身になり勝ちと考える。しかし天野さんは自らの言論活動で、庶民にも、
鋭い指摘ができると証明を。しかも笑いを伴う皮肉の言葉なので、炎上しにくかったと推察。
時事問題に対して歴史や経緯を含めて精通していたと憶測しますが、言論活動での最大の武器は、
言語感覚、つまり時事ネタに対して意外かつ読む人を納得させてしまう言葉を紹介する技。番組では、
東京五輪の批評に「別品」を使ったコラムを紹介し。私も当時読んだ朝日新聞の「CM天気図」で、
すぐにやまとことばの「べっぴん」と掛けていると気付いた筈。
しかし気付くことと(狙い通りに)用いるとは大違いで、番組で改めて天野祐吉の巨人さに敬服。で、
「ようこそ先輩」では教室に入ってしばらくの沈黙で、母校の小学生に話すことの大切さを教授。そう、
言葉を使うこと自体を始終考えるという意味で、私は「言葉学者」と天野さんを定義。古くは、
「王様は裸だ」の一声で大人の観衆は一斉に「裸だ」と連呼したというから、野次の役目は絶大であり。
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