吐き気がするほどロマンチックだぜ作詞:遠藤みちろう 作曲:THE STALIN もっとも今では人間にはロマンが必要と思うし、ロマンを行動の指針にしている人に対しては、
民主主義社会の保持を目指す場合に限って、素直に尊敬する。しかし常にいじめられっ子からの、
異議は(当然と思う一方で)偏った見方の筈。私は視聴を避けた保毛尾田保毛男の件での荻上チキの、
非難と批判と否定を私自身は面白く聴いていました。
荻上自身はLGBTが市民権を得た現在、周回遅れの(笑いの)表現と定義していたけど、
私は「大衆は下衆」という見方で論ずべき問題と理解。とはいっても片岡英彦の書く通り、今の時代、
保毛尾田保毛男は大衆の娯楽になりにくいとは思う。というのも多分荻上などの活動で一般論では、
LGBTを(少なくとも)同情すべき存在になり、市民社会が認めていい存在と捉えたからで。
しかしより劣った者、弱い者、自分の思想信条に反する者を排除したいという情動は全ての人間の、
特質と私は考え。だから「保毛尾田保毛男」の表現を楽しめる人に「間違いだから視聴を止めろ」と、
命令するのは(嫌な言葉と自分で思うけど)「少数(者)の横暴」と考えるのですね。というのも、
(日本に限っても)「万人が楽しめる笑い」は論理矛盾と思うため。
つまり「笑いは芸術」という仮説が考えられるわけ。赤塚不二夫自身、大衆を完全に置き去りにした、
『レッツラゴン』を以下のように言っていると言うし。
「オレが最後に描いた本当のナンセンス漫画なんだよ。自分で一番好きな漫画なの。」
[3947ogiue.txt]
|
過去の投稿月別表示
[ リスト | 詳細 ]
全1ページ
[1]
|
私が小池百合子という政治家を明確に認識した都知事候補の時点から、うさん臭く思ってた。で、
国会議員時代の記憶はすでに曖昧になっていたけど、鳥越候補との一騎打ちの選挙戦では、
あまりにも立候補に至る経緯が計算づくと勘ぐったので、一票を入れるのを避けたっけ。だから、
今回の「希望の党」立ち上げで議会制民主主義が機能するか疑問なのですよ。
しかし民進党が解党した今、共産党や社民党を含むリベラルの議員が国会で役割を果たす数を、
確保できるか甚だ疑問。だからリベラル勢力は立候補を避け、選挙後の保守同士の政治芝居を、
見物するのが得策と考えるぞ。さらに今回の選挙を本気で否定するなら選挙後になっても、
国会議員として国会議事堂に入るという手もある。
論理として考えよう。総選挙で立候補した時点で、今回の安倍政権の解散のやり方の追認になり、
前例になるんですな。だから負ければ議席を失うことに同意する形。しかし立候補を避ければ、
選挙自体を拒否し否定したことになるので、元議員は今でも議員と主張できるのですね。さらに、
選挙結果が正当と判決が出ても、政権の勝手な解散は以後、困難になる筈であり。
銃をとって叫べ 誰に俺達が裁けるのかと 作詞・作曲 Pantax's World
[3946yuriko.txt]
|
おっと社長さん「お前は死んだ もうクビだ」と言いたい「あきれて物も言えない」より 作詞・作曲:忌野清志郎 前原誠司の決断には笑った笑った。でも希望の党(以下の呼称は「百合子党」)の入党資格は、
保守主義者というから、以前から私が主張していた「リベラル議員は議員を辞めろ」という主張を、
実現する絶好の機会とも云える。小林よしのりは(あるいは「も」)議員でいることが価値と、
主張しているみたい。でも十五年戦争中も反骨の議員はいたし。
つまり少数の反骨議員は大政翼賛会の(結果として)補完勢力になったというのが私の見立て。で、
「晋三対百合子」の構図になった今回の総選挙では、主義と主義者という意味のリベラルの役目は、
部外者になって共倒れの日を待つことと考え。両者が(選挙中にでも)似たもの同士と分かれば、
百合子党の存在意義を失わせることが可能と思う。
人権と民主主義を標榜する民主党主義の再興は、保守主義の政党が安倍自民党だけになった時が、
丁度いいと思うのですね。もっとも再三云うように、私程度の思考と想像は発言を避けてるだけで、
公共の場で発言を許されている知識人・識者の多くが勘づいているはず。
[3945maehara.txt]
|
|
ヒトラーは選挙を経て首相になったという言い方は間違いで、保守の政党がナチスを取り込むため、
ヒトラーを担いだというのが真相のよう。しかし首相になった後の総選挙にしても、共産党の票を、
無効にした点に(私自身を含む)構成の分析家は注意すべきと考える。要は起用三党の議席は、
ヒトラー率いるナチスが否定したいくらい多かったということと思うから。
つまり1933年をかけてのナチスドイツの確立には恐怖と横暴という民主主義の否定が、
必要だったと私は理解。だから再三云うようにナチスの政治が脆弱なうちにナチス批判を、
知識人が断固として表明すれば第二次大戦を避けられたと思うのでした。多分アインシュタインが、
逮捕覚悟で帰国すれば、実際の歴史を人権擁護の側に少しでも変えられたと空想を。
実は上記の「空想のアインシュタイン」の発想は、中国国内で共産党批判を続けた劉暁波との、
比較を思いついたからで。亡命して自国を批判する中国人が殆どの一方、劉暁波だけは確信して、
「私には敵はいない」という信念のもとに中国人民のため、共産党中国を批判し続けたのです。が、
共産党という組織が確立された後なので、明らかに当時のアインシュタインより分が悪く。
しかし未来の民主主義国家中国の理想・偶像に、劉暁波の人生・思想はなったのは確かと、
私は推測するのですね。問題は今の日本の政治で、言わば安倍政権は「ずる」をし続けた(る)、
政権と私は理解し。だから選挙の争点はずるがしこい人間が国の代表でいいかということの筈であり。
もちろん勝てばいいという思想もあるが、社会の存続のためには否定すべき思想と私は考え。
勝手にしろ いい加減にしろ 作詞・作曲 ザ・スターリン
[3944nsdap.txt]
|
よく言うぜ あの野郎よく言うぜ 「あきれて物も言えない」より 作詞・作曲:忌野清志郎
正直昨日の会見、笑いました。酷いと思ったので。会見までの数日に見たアゴラの記事の見出し、
総理の思想と心中でもするのかと勘ぐったため、クリックする気が失せた次第。
『解散総選挙に「大義」が必要?バカも休み休み言いなさい』という見出しは特に酷いと思い、
書き手の長谷川幸洋を私はむしろ憐れむ。実際の人の動きは権力闘争である政治が、有権者、
国民にとって気になるのは政治の決定で直接・間接に影響を被るからであり、「下々のため」という、
大義名分があるからでは? 政治が権力闘争だけでは誠実な人ほど政治決定を拒否すると思うぞ?
というより小賢しい子供というのが私の安倍晋三という男の批評になる。国会の召集の回避も、
憲法に時限の記載が避けられているから理にかなっていると政権の人は主張したいだろうが、
私は節度と良識を当てにした書き方という考え。つまり政治家の行為である政治は、なるべく、
行動の自由が守られるという趣旨と思い、「解散は総理の専権事項」は権力の乱用と私も認識。
[3943kaisan.txt]
|
全1ページ
[1]



