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 【読書感想】「道徳自警団」がニッポンを滅ぼすを読んだ評者のfujiponは反発し、宮台真司は、
                              で
口説く/口説かれる行為を権利と捉えてるよう。私自身は実は「ートって何?」となるほどに、
                                        デ
恋愛経験に乏しいですが、政治家でも芸能人でも仕事をしてくれればいいという考えで。

 ただし宮台は知見を逸してるでしうが、科学者の伝記を読んだのでフランスでは特に、公人でも、
                     ょ
私生活は自由な理由が知ることが出来。つまりナチスの反省から移民に寛容な現在のドイツのように、
フランスも失敗があって自由な私生活が確立したと考えられるわけ。キュリー夫人の醜聞のこと。そう、
二回もノーベル賞を受賞したマリー・キュリーは既婚の男と寝たことがあるのです。

 伝記で一番有名な次女のエーヴの本には省かれているようなのでキュリー夫人を知っている人でも、
一般読者なら初耳の人が多いと思われ。私も資料集めの段階でエーヴの本の存在を知った筈だけど、
多分「キュリー」という名から身内と判断して避けたと今にして考える。実際、読んだ二冊の伝記の、
一冊にはポール・ランジュヴァンとの不義は避けられていると書いてあったし。
  エーヴの本には

 科学者の会議で海外出張している時、第二の故郷として長年住んできたフランスでは、不倫相手の、
男の妻の母の証言として、マリー・キュリーの不倫が報道されたというのですね。伝記から推し量ると、
騒ぎはマリーが身体を壊したから、狂騒と云っていいほどであり。二回目のノーベル賞受賞の年、
1911年からの騒ぎが終わった原因は、1914年のザ・グレート・ウォーの開戦らしく。

 私がフランス人の自由恋愛主義の理由にマリー・キュリーの恋愛事件を求めるのは、
ノーベル賞受賞者の権威をもって設立したラジウム研究所から誕生した次のノーベル賞対象の研究が、
1934年の仕事だから。マリーの長女イレーヌと、イレーヌの夫のフレデリックによる世界初の、
人工放射性同位元素の生成が対象に。遅れた理由に「ラジウム研究所」と限定したためという記述も。

 しかし1911年から1934年と云えば理論としての量子力学と観測対象としての原子物理学の、
最盛期というもの。恋愛事件まで競争相手だったラザフォードは以後、若手を育成した結果として、
                  の直前
ボーア、ハイゼンベルク、ディラック、ハーンといった多数のノーベル賞受賞者を輩出した形。そう、
中性子を発見し損なった1933年まで、伝記に書ける科学の功績を逃し続けたのでした。

 フランスが貢献できた他には物質波を提唱したルイ・ド・ブロイのみ。しかしフランス人同士で、
互いの研究論文は読んでいたと憶測できるのに、協働は避け続けたみたい。つまり恋愛事件は、
騒ぎが終わった後もラジウム研究所に有能な人材を集める最大の障害になったと気づいたフランス人、
特に科学者はもとより報道記者は、公人にも私生活は保護されるべきと考えたという私の推論。

 夢はせつなくて
 愛ははかなくて
 情けは容赦なくて
 手前勝手が相場だよ
作詞・作曲 遠藤ミチロウ

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