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 やっと毎週の番組の溜まった分を観終えたので三回に分けて観たが、本作の重大な過失を思いつき。
序論は「F91」で試した「少女マンガか少年マンガか」という問題設定。特に物語で重要な後半、
縦横無尽に活躍するのは瀧くんだから、少年マンガと定義できそうに思う。しかし克服すべき障害が、
映画を見れば分かるように三葉ちゃんの方が明確な点に、物語としての歪さに気付いたのです。

 対象例に『天空の城ラピュタ』を論じる。パズーもシータも劇中で説明する通り、出会う前から、
各々に自分の課題があった。少年は父親の名誉を挽回すること、少女は捕われの身から脱することで。
結局は流れ着いたラピュタから脱出し、ドーラ達海賊の元に戻ることで二人の願いは成就。ラピュタは、
自分で存在を確認できたし、ラピュタから生地に帰ることで伝統というしがらみから脱せたから。

 しかも一緒のときの助け合いはもちろん、離ればなれでも自分の課題のために出来る限り行動を。で、
『君の名は。』での「行動する者」と「課題を持つ者」の分離との違いが明らか。設定を確認すると、
瀧くんは多少性格が暗いが同性の友人を持ち、父子家庭のようだけどレストランでのバイト要因。一方、
三葉ちゃんは糸巻きの伝統を受け継ぐ巫女で町長の娘でもあり、物語の主人公と捉えるのが自然かと。

 例えば上杉達也は予選決勝戦でも南への告白でも自分の課題として対峙し、見事に克服。しかし、
三葉ちゃんは瀧くんの縦横無尽の活躍で自分の生さえ蘇えり。「自分の生は自分で切り開く」という、
ハリウッドの今の趨勢とは対極の主義、「王子様を待つお姫様願望」と考えられ。日本の大衆は、
本作の監督・新海誠を時の人とした点を考えれば、日本人の家父長制への憧れさえ推察可能では?
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大塩高志
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