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 私自身は「梶原一騎作品は熱血である」定義に疑義があって。『巨人の星』と『あしたのジョー』を、
マンガもアニメも一通り知り、『侍ジャイアンツ』をアニメで体験した身には、『巨人の星』が、
教養小説で熱血マンガで、『侍ジャイアンツ』が熱血を梶原自身が越えようとしたマンガと推測。 が、
上記の例では『あしたのジョー』はスポ根とは違うと考える。

 多分梶原の作家としての資質は求道、究道。修行をして道を究める舞台に衆目を集めつつあった、
野球やボクシングを採用して流行作家になったと理解。しかし武道の話を野球に応用する時、
「修行」は「根性」に変質したと考えられ。(優れた)剣豪は相手の一挙手一投足、気配や思考を、
(ニュータイプのように)察知したと云うし。つまり力任せを越える「勝利の仕方」。

 原作で再三武士の話を作中人物に語らせるので、梶原は星飛雄馬を求道者にしたかった筈。しかし、
飛雄馬の人物造形が「修行」を応用した筈の「根性」ものに合致し過ぎて「教養小説」になったと、
考えられるわけ。少し詳しく説明すると剣の道は道場で仲間と切磋琢磨して免許皆伝を「目指す」が、
小説にするには規模が小さすぎ。だから「剣豪(になってからの)」小説が必要であり。

 しかし野球は日本では中学から全国大会があり、プロになっても求道し続けることを物語に出来、
読者や視聴者は主人公の成長過程を楽しむ。つまり剣豪小説が大人の小説なのに、スポ根マンガは、
子供の(ための)物語という意味。ならば自分の作家の資質通りに求道を扱える競技はあるか? そう、
梶原が出した答えがボクシングだったと憶測を。傍証として「ジョー」では剣豪話を一切排除。

 しかし「ジョー」が剣豪小説という仮定するには道場が必要だが、東光特等少年院が該当する所。で、
ジョーが力石と出会う場所であり、団平から「あしたのために」と称して様々なボクサーの心構えを、
教えられた教習所という意味も。つまり古代進にとっての宇宙戦艦ヤマトであり、泉野明にとっての、
特車二課だが、『あしたのジョー』という物語では序章、せいぜい第一部。

 では少年院を退院したジョーが「剣豪」になったか、矢吹丈は丹下団平からボクサーの免許皆伝を、
本当に授けられたのかという問いには、ウルフ金串を倒してプロへの道を自分で切り開いた点を、
指摘したいですね。丹下団平ボクシングジムが丹下自身の昔の不祥事で、協会の入会の拒否を知り、
カメラマンの前でやったデモンストレーション。

 つまり策士という意味で大人で、高校野球から(テスト生からという例外だけど)プロ野球という、
野球人として定石を踏んだのが飛雄馬。つまり団平のおっさんと一緒にボクシングをやるためには、
ジョーは(プロになる前に)「大人」になる必要があったということ。だからジョーはプロとして、
リングに上がる前に「拳」豪になっていたと私は仮説。
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大塩高志
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