映像談義

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 実は第一巻が『銀河英雄伝説』で書店で並んだのを見た記憶がある。さらにビデオアニメとして、
「銀河声優伝説」とも称されたことも知っていて。でも観始めたのは今年でしかもまだ二話。敢えて、
今まで避けてたけど、今回の「Die Neue These」を初体験とした方がいいと思いなおした次第。で、
二話まで視聴し、極めて対立構図が分かり易く、問題が明確な話と思いました。

 自由惑星同盟と銀河帝国の一つの局地戦で、各々の陣営の主役・仲間(同志、部下)・敵対者を、
明示。しかも銀河帝国側の第一話、自由惑星同盟の第二話は殆ど並列な物語。「部下との軋轢」から、
「有利に作戦」、さらに「敵の成功」まで展開が同一。しかし第一話を観て面白く思ったのは、
(本来は)主人公の好敵手である「金髪」が余裕を欠いて終わったこと。

 もちろん相手の放送を聴いての動揺ですが、『TO−Y』と違った意味で『機動戦士ガンダム』の、
パロディになっていると思う。構図を説明すると前者は「インディーズ→加山プロ」で後者は、
「ジオン公国→地球連邦政府」。銀英伝はもちろん、「自由惑星同盟→銀河帝国」。初戦の結果は、
順番に「殴り込み成功」、「追い払った」、「痛み分け」。

 しかし前二作が劇中の実際と想定される「戦闘時間」がせいぜい数分と思われるのに対し、
二話の「円形態勢」だけでも数時間は要したはず。帝国軍の各個撃破からなら十時間以上かかったと、
推定でき(アスターテ会戦参照)。つまり移り変わる戦局が二話までの魅力で、CGの描写もあり、
極めて面白く視聴を。

[4138gin ei den.txt]
 過去に「ナウシカ」を論じたか検索したら、ありました。


 震災から二年後の年の記事ですが、もっと論理展開すべきだったと考える。トルメキアや風の谷等、
推察できる人口から論ずる必要があり。風の谷は500人程度と設定されているが、トルメキアや、
ドルクが100万都市国家だったら驚き。10万でも誇大と推測し、各々8万が妥当かと。ならは、
(マンガでも映画でも)『風の谷のナウシカ』で舞台となった範囲は極めて限られ。

 「北海道(の広さ)でも広い」と想定すれば、他の地域が問題で。原発震災でも帰還困難区域や、
住民の分断の例もあるが、(結果として)福島県も内陸は通常通りの生活。なら「火の七日間」は、
「超兵器の実験段階での失敗」と理解できるのでは? ならば人間が生きていることが奇妙。すると、
帰還困難区域の自然環境を、一部人間に置き換えた物語と理解できるのですね。例えば昆虫とか。

 ハチやアリ、チョウなどの生存競争と考えれば、汚染地域(=腐海)を作ってしまった我われ、
経済(発展)のために核エネルギー(=原発)を選択し(てしまっ)た日本人の罪を考え。そう、
『風の谷のナウシカ』の登場人物、「火の七日間」以前の自分たちの歴史を喪失してるだろ。
[4131nausica.txt]
 実はProject ANIMAに第2稿を投稿したアニメ企画は戦場アニメを含む戦争アニメを避けた。私も、
俺ガンダムを本ブログで展開しているけど、私ごときが構想しても『機動戦士ガンダム』との違いを、
明確に出来るか疑問。だからProject ANIMA持ち込み会を通して見えてきた課題を読んで作成した、
第1稿で「戦後アニメ」を思いつき。当然科学者の伝記から影響されてる。

 戦間期とともに「科学の話」の意味で。早い話が『この世界の片隅に』も『機動戦士ガンダム』も、
人の行いの因果関係を丁寧に物語るという「物語」と定義でき。しかし七十年過ぎても評価が分裂の、
「大東亜戦争」にしても、七年前の震災でも、精緻な因果関係が明らかになるか? 人類史や進化の、
歴史の探求のように化石から途中経過を類推しているだけでは?

 上記の二本を素晴らしいと思っているからこそ、私は戦争を(物)語る危険を思う。つまり自分の、
主張の表現に戦争を使っていいかという疑念であり。だから『アインシュタイン・ジャーナル』で、
事実から物語ろうと志向し、今回のロボットアニメでは戦争を「終わって良かった過去」と設定。が、
物語論としては「撤退戦」と批判される考えられ。「批判は当然だが、私の好み」と答えるはず。

[4129sengo anime.txt]

 やはり危惧するのは『あしたのジョー』の縮小再生産になること。でも実直に作り直しと考えれば、
今回のような始まりに納得でき。だから本作の一番の敵は『あしたのジョー』であり、命題としては、
<「ジョー」をこえる>であるはず。物語としては「どん底から這い上がる」というジョーの足跡を、
踏襲しているようだが、人物像は異なる。ジョーは自分で道を作ってた。

 でも初回を観る限り絶好の機会は「出会うもの」で、重要なのは「生かすか、殺すか?」と理解を。
するとウルフ金串を更衣室で倒したことを皮切りに、自分の実力と策で成功していくより大衆寄りの、
物語と考えられ。別の意味で興味を持つのはProject ANIMAに提出したロボットアニメ企画が、
著作権の切れた小説の「作り直し」でもあるため。

 「驚き」が物語には必要なので、私だったら政治を物語るはずで。つまりライダーとして敵地に、
乗り込んで「撃退する」お話という意味。正に「仮面ライダー」だが、首領もメガロボクサーとして、
「ジョー」と最後の対決をすれば物語として理にかなうと思う。

[4126megaro box.txt]
 民放が数学者の生涯を扱っただけでも驚異であり、敬意を表する価値があり。しかも妻の演説で、
明かされる物語の趣旨が相互理解だからなおさら。物語としては潔(きよし)・みちの岡夫婦が、
数々の難局を踏みとどまり、頑張っていく内容。(日本の)大学との軋轢は要点だけに限って、
夫婦各々の実家との付き合いを明確に描写。でも私にはアインシュタインとの違いが面白く。

 アインシュタインはドイツの科学誌『物理学年報』の編集、プランク教授の尽力で(学界で)、
有名になれたので。自身の考え方と違う光電効果も掲載したし、一般相対論では完成への過程を、
常時掲載しているし。一方の岡は論文数が乏しく、やっと書いても日本では(一旦)拒否された。で、
認めさせるために外国の権威が必要になる。でも論文数は物理学との違いから理解でき。

 単純に言えば(ホーキングの研究のように現実との対応を欠いても)物の理(ことわり)の学究が、
物理学の使命。しかし数学は数論や微積分、幾何などは現実を基礎にしているが、例えば直線は、
「現実」の存在か? そう、物理学が理解し易さのために「理想の環境」から考察するのに対し、
数学は徹頭徹尾「理想の世界」を研究する学問。

 「理想の世界」だから研究はどんどん基礎を指向し、しかもどんどん難問に。物理学も、
素粒子物理学の基礎の量子力学は確かに難問だけど、「現実だから」という言い訳が立つ。そう、
物理学は「真の値」を目指すため、考え方を更新できる学問と思うのです。でも数学においては、
今まで真とされてきた全ての論理が真であり、偽と判定するには論理矛盾の指摘が必要と云うもの。

 だから私も物理学とり数学が「手強い」と推察し、(日本人であっても)大衆の常識外の数学者を、
分かり易く物語ったことが一番の功績かと。

    岡潔 - Wikipedia
[4125oka kiyoshi.txt]

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