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タイトル通り。現在はゆれるこころです。去年の今頃はひどく疲れていてとにかく疲れていて、許されるなら娘を残して家を出たかった。「子供を捨てるなんて」「苦しいのはあなだけじゃない」「いつか後悔する」「子はどんな形でも親を欲するんだ」友人の意見は正論だ。でも、自分の子と意思が通じない。よかれと努力するほとんどの結果が見えない。何が正しいのかわからないことはつらい。自分の子を憎む。疎む。ネガティブな感情に心を支配される事が日増しになると世間の良識とは違っても「傍に居ないこと」も考えたりします。娘に対するイライラは相当。時には激しく怒りをぶちまけるし、この子やっぱり嫌いだと思うときもあり・・じゃなぜ捨てない?と聞かれると私にもわからない。この自問自答はなかなか答えがみつからない。あるとすれば愛しいなと想う瞬間がまだ残っているからなのか。一瞬だけど。あの子がテレビ見てるときとかお風呂上りに鼻歌歌っている姿とか。けど憎いと想う気持ちも本気。対局している気持ちのどちらも心に存在している。ゆれるんだ。 |
今日に至るまで
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二人目が生まれてからは、上の娘には本当に手を焼いた。小学校入学して7月(産後3ヶ月した)ごろ学校の職員車両7〜8台だったか石で傷をつけるという問題を起した。学校から「賠償を」との電話がかかってきたときは死にそうだった。お金ないし。人様に迷惑かけるな。は私の躾けの柱である。「書きたかったから」なんて。 |
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娘が幼稚園の頃二人目を妊娠した。貧血・喘息・逆子・早産なんだか理想と違った経緯を辿ったけど、娘の事は一番だったな。殆ど(先生から動くの禁止といわれても)できるだけ娘と散歩したし、休みの日も遊びに出かけたし。ご飯も一緒に作って、赤ちゃん生まれたらしばらく寂しい思いさせるかな、最後の3人だけの時間を楽しく過ごせたらいいなって。なのに「ママは散歩しかしないから楽しくない。縄跳びの相手にもならない。縄跳びしたい。追いかけっこしたい。ずっと楽しくない」には怒りというか疲れだね。公園の帰りに泣いて。何だったの?この努力って。「子供は二番目の子に嫉妬してさみしくて駄々こねる」っていうけど、本気で木登りして、縄とび二人でやって、おんぶ競争やって欲しかったみたいだからね。赤ちゃん危ないかも、ママの体調も良くないよの私の言葉も「今その話してないよ」って本気でかわされたしね。 |
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娘が生まれて週末はほとんど公園通い。「休日ぐらい一緒に過ごしてよ」という夫に対しての要求と娘が楽しめる事がいいとの気持ちで。遊具が沢山ある場所をネットで探していざ出発!ブランコ、滑り台、タイヤの階段、ロープを渡るアスレチック物さぞかし楽しいだろうと思えば、どれも怖がり数秒で終了。結局、追いかけっこになる。鬼が触れば鬼の勝ち。つかまれば負け。だが娘の遊びにシンプルはない。常に思いつきで流動的。数分刻みでルールが改正されていく。あっちまでいったら勝ち。どこやらを触ったら勝ち。逃げるときに葉っぱを沢山あつめたら勝ち。捕まえるときのポーズや、言葉など改正は多岐にわたる。新ルールを理解するまもなく大人二人ゲームに駆り立てられ、「ルールが違う」とやる気を一気に失った娘は公園の芝を草むしりはじめるのだ。分らないよルールが。分からないよ何が楽しいのか。分からないよ何がしたいのか。 |
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2歳を過ぎたころの娘を思い出すと浮かぶのは「小姑」。今にして思えば幼少期に見られるASの特徴的とも思うのだが、一見世話好きな女の子と見られる娘は遊びを観察していると、おもちゃの使い方や遊びのルールなど口やかましく、自分の思惑に従わせようとする傾向が強かった。「自由にやらせようよ嫌がっているよ」と私が声をかけると、一旦自分の遊びの中に巻き込むことをやめるるのだが・・・・すぐ一人遊びを楽しんでいる子の遊びに便乗しては勝手に(本人にしか分らない)ルールを作り出しコマのように動かそうとする。干渉し細かな部分にもルールのリクエストがついて回るので子供どうしだけで遊ばせるのが本当に苦痛だったな。相手のお母さんの困惑した顔。今でも覚えてるよ。あ〜自分が一番苦手なタイプの女子〜と笑ったのは昨日のことのようだ。昨日だったら良かったな。 |



