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U MINGALARの独り言
西田 敦(BRSA顧問)
U MINGALAR って誰だ
私はビルマの名前をU MINGALARという。ビルマ大好き人間の一人だ。現在80歳(傘寿)、13年間ビルマの方々とお付き合いしており、最近は毎週2回定期的にビルマ人と話し合う機会を持っている。日曜日は秋葉原のミンガラ日本語教室で約70人のビルマ人生徒と触れ合い、水曜日には、品川入管を訪問して収容されている難民申請中のビルマ人女性約10人と面会し、いろいろ希望を聞いて対処してる。このほかに月1-2回はBRSA(在日ビルマ難民たすけあいの会)の役員会に出席。このほかの日は何をしてるのか。難民申請者からのビルマ語書類を日本語に訳した文章の最終添削や、ビルマ人向け日本語教材の作成、採点など、またビルマ人から多くの電話がかかってくるのでその対応処理など、たぶん生活の9割ぐらいはビルマ人に目が向いている感じだ。このほか毎日毎日ビルマ問題のブログ「U MINGALARのつぶやき」を打っているが、この時間はワクワクするほど楽しい。
なぜビルマ人が好きになったのか
私は洗剤や歯磨きを作っているライオン株式会社に勤務し、最初の頃は研究部、最後の頃は広報部で働き、1988年に定年退職、その後の7年間は、渋谷にあった業界団体で働いていた。そのビルの清掃にビルマ人がおり、清掃会社の社長が突然1階にビルマ料理店「レストランビルマ」を開店、店には数人のビルマ人が働いていた。そのビルマ人からの勧めで、ビルマ旅行を思い立ち、4日間ビルマを早足で回ったが、その時以来すっかりビルキチ(ビルマきちがい)、ビルメロ(ビルマにメロメロ)に、たまたま神田でチェリーマーラートゥインさんがビルマ語教室を開くことを知り、第1期生として勉学(?)、徐々にビルマ人と接触する機会が多くなり、ビルマ人がすっかり好きになってしまった。
なぜビルマ人に日本語を教えようと思ったのか
ビルマ人と触れ合っているうちに、彼らが日本語がうまくしゃべれず、日本の店で働くのに困っていることを知った。そこで、日本語を教えてあげようという気になり、ビルマ語教室のそばにあった「神田市場」というビルマ料理店などで、2.3人のビルマ人相手に日本語授業を始めた。その後クチコミで徐々に生徒が増えたので、神田、秋葉原近辺の区民館を利用するようになり、最終的には秋葉原駅前の区民館に落ち着いた。先週のミンガラ日本語教室には、総数延べ130人のビルマ人生徒が勉強した。いままで13年間におそらく1700人以上のビルマ人が勉強したことになる。ささやかではあるが、彼らの手助けができたことはとても嬉しい。
なぜ警察・入管回りを始めたのか
日本語教室を始めて最初の7・8年の間は、ビルマ人生徒の中に不法在留の人がいて、何人かが警察や入管に捕まった。異国の地での留置、収容生活は彼らの精神面に大きなダメージを与え、泣きながら「助けて!」とSOSの電話が飛び込んでくる。もちろん周辺の生徒からも「先生、何とかしてあげて」との悲痛な電話が続く。今まで教室で一緒に学び教えた仲間だ。日本の法律を犯したのだから助けることはできないが、面会活動なら私でもできる。当時は直接入管に収容されるか、あるいは警察に約2ヶ月留置されて裁判となり、そのあと入管に収容されていた。当時は難民申請というシステムが十分機能しておらず、ほぼ全員が強制送還となった。こんな関係で当初は入管(十条・品川・牛久)とともに都内各警察署での面会活動を精力的に行った。私の記録によると面会した人は97名で、一人に7回は面会していたので面会回数は延べ700回を数えた。
なぜ知らないビルマ人にも面会するのか
2006年12月から教室にいた女性生徒が品川入管から牛久入管に移された。このため私はその女性一人に会うために牛久入管を訪問したが、ここで「牛久入管収容所問題を考える会」の田中会長始め大瀧、細田さん等と出会った。彼女らは、牛久入管に収容されている各国の人々と満遍なく面会していた。身寄りの少ないアフリカ系やクルド系などの収容者にも分け隔てなく面会している。知らない外国人にも積極的に面会するということは私にとって大きな衝撃だった。私の場合はあくまでも知っていた人だけに面会していたのだ。知らない人にも積極的に・・・・。その後この考えを守っている。ただビルマ人の場合人数も多いので、可能な範囲ということで対象を女性に絞っている。
牛久入管での面会活動は
牛久入管に収容される人は、品川入管で2ヶ月ほど取り調べを受けてから来る。このため、牛久入管で面会していれば、いずれ品川入管収容者にも会えるからとの考えで、2006年12月からの1年間はもっぱら牛久入管への訪問活動に切りかえた。遠いので時間も経費もかかったがあまり気にならなかった。ここでは取調べがないから彼女たちは何もすることがなく、ただひたすら6ヶ月から1年前後、食べて、テレビを見て、読んで、シャワーを浴びて、運動して、寝るだけの繰り返しである。しかもその費用は日本人の税金だ。私はこのままではいけないと思い、彼女らに日本語教育を始めた。アイウエオからから2級までの日本語教材を差し入れ、ときどき試験問題を渡して答案をもらい採点して返却することを繰り返した。その結果、出所時には皆がびっくりするほど日本語が上手になっていた。結局、約1年間にわたり42名のビルマ人女性に面会したことになる。しかし2007年秋にサフラン革命と称するビルマ人僧侶や一般市民への暴行・虐殺事件が起こり、特に市民からあがめられていた僧侶が多数収容され、暴力をふるわれたことに世界各国からの批判が集り、牛久入管もビルマ人の収容を解き、07年12月には女性収容者が0人となった。ただ残念ながら、42名中ビザを取得したのは5人に過ぎず、現実はあまりにも厳しかった。
品川入管での面会活動は
2007年12月に牛久入管にはビルマ人女性が誰もいなくなったので、それからはもっぱら品川入管訪問活動に切りかえ、現在(2009年2月)までに約50人の難民申請中のビルマ女性と引き続き面会した。初めて収容された人は約4ヶ月、2回目の収容者は約1ヶ月収容される、牛久入管での面会時間は25分であったが、ここでの面会時間は10分しかなく、日本語教育の導入は難しかった。しかし試行錯誤の末簡潔な学習方法を実施した結果、差入れた試験問題はいずれも80点台でみな合格水準にあり、間違っている所は赤字で修正して返している。何しろ入管収容中の後半は時間が余り過ぎており、この日本語教育はここでも喜ばれている。
入管当局へのお願い
サフラン革命後収容期間が大幅に短縮されたが、まだ平均4ヶ月は長すぎる。さらに一段と短縮されることを望む。収容命令や退去命令が出ていても、ビルマ人の場合は強制退去は実施されていない。このため、ビルマ人の難民認定申請者は増える一方で、2008年には1500名近く申請したと思われる。一方、外国人登録証明書や外国人登録カードの法律が改正され、特に難民申請者の扱いがどうなるのか懸念される。ぜひ難民申請者を助ける方向で運用してもらいたい。それからもう一つ、現在の法律では難民認定申請中は「就労不可」であるが、難民認定を申請しているから帰国はもちろんできない。数ヶ月から数ヶ年の間、働かないでどうやって生きていくのか。人権問題、人道問題だ。政府はこの非人道的な政策を早急に中止し、難民(申請者)を温かく迎え入れてほしい。
難民認定申請者へのお願い
最近不法残留などで捕まると慌てて難民申請をするビルマ人が多い。このような行動は難民認定制度そのものを冒涜するものであり、申請者全員に悪い影響を与えている。難民申請をする気持ちがあるならば、なぜ捕まる前に入管に出頭して申請しないのか。できれば短期ビザなどビザ有効期間内(通常入国3ヶ月以内)に難民申請するとすぐ特定活動ビザが出て、6ヵ月後には「就労可」の特定活動ビザに替わる。この辺の情報は先輩達が教えなければいけない。また、最近申請する人は条約難民の定義を知らなさ過ぎる。申請書には「迫害を受けたこと」と「自分自身のこと」を中心に書くことが大切であり、これを教えることも先輩達の役目だ。
ビルマの総選挙をどう考える
ビルマ人に「ビルマ民主化の見通しは?」と聞くと黙ってしまう人が多い。来年2010年には総選挙が行われ、軍政サイドの議員や大臣が続々生まれるであろう。そうなると対外的には、形だけの民主化国家に変貌するが、これを一歩前進と見るのか、一歩後退と見るのか、このあたりのことを知りたい。軍政は、07年9月のサフラン革命の際の多くの活動家に65年の懲役刑を科したが、これは明らかに来年の総選挙を成功させるためであろう。このまま選挙が実施されれば、ものを言えない一般ビルマ人がかわいそうだ。
スパイの話は本当か
実にいやな話だ。軍政側のスパイがいっぱい都内にいて、現在も増え続けているとの話。ビルマ人の多くはこの話を信じているらしい。私は全くの噂話と思うが、こういう話をすること自体が在日ビルマ人同士の信頼関係を損ない、団結が遠のいていく。気の毒な国民としか言いようがない。とは言うものの、日本でも類似のスパイ網がある、入管は、不法滞在の外国人がいたら入管に連絡することを勧めている。個人情報の秘匿がこれだけ叫ばれている世の中で、真面目に働いている貧しい外国人労働者を、同じような立場の日本人小市民が告げ口をするようなルールはなんともやりきれない政策だ。
日本からの支援は悪いことか
ビルマ人と話していると、ビルマへの支援は軍事政権を利するだけだから一切やめてほしいという。確かに、本来軍事政権がやるべき事業を他国が肩代わりしたら、軍事政権は浮いた費用を軍備の増強に回すかもしれない。ビルマへの政府開発援助(ODA)の中に「草の根・人間の安全保障無償資金援助」という項目があり、日本政府は病院や孤児院、僧院学校などの建設費として各数百万円程度の援助を続けている。このような支援は続けたほうがいいと私は思うのだが、皆さんはどのように考えるのだろうか。
第三国定住難民制度をどう考えるか
ビルマとタイ国境にある難民キャンプから、いよいよ定住ビルマ人が日本にも30人ほど3年連続でやってくる。ビルマ人の間でもあまり異論は聞かないけれども、現在日本にいる難民申請者が置き去りになると困る。在日ビルマ人はどのように考えているのだろうか?
在日反政府団体はなぜ統一できないのか
在日ビルマ人による反政府運動はあまりにも分散化している。一説によると31もの反政府グループが存在すると言われている。JAC(在日ビルマ人共同実行委員会)が各団体をまとめているとの話も聞こえてくるが、これは31の団体の存在を認めた上での連合体であり、一つの団体ではない。果たしてこれで軍事政権を倒せるのか? 各少数民族は自治独立を望んでいるのか、その青写真は出来上がっているのか? 一つの民族の中に複数の反政府団体があるのは何故か。私は日本国内でこれだけバラバラだと、もし軍事政権が倒れても自由かつ平和なビルマの誕生は難しいのではないかと危惧する。
以上、私が長年ビルマ人とふれあって来た様子や、日頃考えているビルマ問題、及びそれらを通して湧いてきた疑問などについて独り言を記した。もしご意見などをいただければとても嬉しい。
平和の翼ジャーナル(Vol.5)
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スパイの話は本当にあるの??
頑固(がんこ)で卑怯あ(ひきょう)な軍政を倒すには日本にいるビルマ人通し力を合わせないと!!・・・ですよね?
だから平和の翼を作ってるんだよね。Vol5が楽しみ。
2009/1/31(土) 午後 11:30 [ ピピ ]
独裁政権のやることですから、スパイは当然いると思います。でも、気にしてたら活動できません。
援助は日本政府がやるのでなく、NGOにやらせたほうが効率的だと思います。
反政府運動の分散化は困った問題ですね。強いリーダーが現れないと、難しいでしょうね。
2009/2/3(火) 午後 8:43