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アウン・ミャッ・ウィン:日本にいるミャンマー難民達に伝えたいメッセージはありますか。
アウン・サン・スー・チー:まず、皆さんに考えて欲しいのは何故日本に来たかということです。経済的な問題ですか、政治的な問題ですか何の問題ですか、何で難民になったのですか。全ての問題の原因はミャンマー国内から出てきた問題です。自分が難民になった原因を考え、その問題を変えていく必要があります。それに協力して欲しいです。忘れてはいけないのは自分が亡命している国に感謝することです。また、母国の問題も忘れてはいけません。
アウン・ミャッ・ウィン:2011年の政治舞台で第二のピンロン会議(1947年2月にビルマの独立の父アウン・サン将軍が少数民族の代表らに連邦制の実施や自治権を約束したもの)はできると思いますか。
アウン・サン・スー・チー:第二のピンロン会議というのは正しい連邦制の志です。その志が現れることを望んでいます。
アウン・ミャッ・ウィン:その第二のピンロン会議を実行するため、国軍は参加しなければならないですか。
アウン・サン・スー・チー:全ての立場から参加して欲しいです。国軍も参加して欲しいです。国軍が参加すれば全てが成立します。
アウン・ミャッ・ウィン:京都大学で勉強したとお聞きしましたが、日本語は話せますか。
アウン・サン・スー・チー:日本語は知っています。しかし、日本語ではなくどこの国の言葉でもいつも使わないと忘れちゃうのです。もう、20年以上日本語と離れていました。私は自宅軟禁中、日本語の教科書を何度も繰り返して読みました。正直に言うと、たくさんの日本語を忘れてしまいました。
アウン・ミャッ・ウィン:来年私は、京都大学の集会でスピーチする予定があります。京都大学の学生達に何かメッセージはありますか。
アウン・サン・スー・チー:まず、言いたいことは京都大学で私は勉強していた時にとても幸せで充実した生活をしました。そのことは忘れません。とても感謝しています。次に言いたいことは、京都大学の学生達はミャンマーの若者・学生達の教育についてもっと勉強して欲しいです。日本の若者・学生達が自由や権利を持つように、ミャンマーの若者・学生達にもその自由や権利を持つことができるように様々な方法で助けて欲しいです。
アウン・ミャッ・ウィン:ありがとうございました。2011年に体も心も元気で幸せでミャンマーを民主国家にできるように祈っています。アウン・サン・スー・チーさんに神の祝福がありますように。
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