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2010年のミャンマー総選挙とNLD
アウン・ミャッ・ウィン
ミャンマー軍事政権の国営テレビは3月8日に、軍事政権が年内に予定している総選挙の実施に関する法律の公布を伝えた。また11日には、ミャンマー・アリン新聞で総選挙法第16条91(カ)を発表した。その内容は、1990年総選挙の結果は無効になるというのもであった。同ミャンマー軍事政権は1990年にも総選挙を行った。その総選挙で最大野党の国民民主連盟(以下、NLD)は全国の総選挙区の82%以上で、多くの当選結果となった。
発表した現在の政党登録法では、各党が60日以内に政党登録を行った上で、90日以内に1千人の党員を組織するということが義務づけられている。NLDの党員のうち、約420人が政治犯として収監され、さらに地方支部も閉鎖されたままであり、新たな党員の確保は容易でない。ミャンマー軍事政権は、2010年の総選挙法と今年予定されている総選挙の実施規則を定めた関連法のうち、下院選挙法と上院選挙法の内容を公表した。それは有罪判決を受けた者は上下両院とも議員に立候補できないと規定している。これにより民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんが選挙に参加する道は完全に閉ざされた。更に政党登録法では、有罪判決を受けた者が政党を組織することや、党員になることを禁止した。NLDの書記長で民主化運動指導者のアウン・サン・スー・チーさんは国家防御法違反罪で昨年8月、禁固3年の判決を受けたため、党の選挙活動をすることができないことに加え、選挙法により出馬もできないことが確定した。下院の定数は440人、上院は224人で、それぞれ4分の1は軍人に割り当てられる。3月10日の午後5時頃に軍事政権はNLDのヤンゴン担当ドークタ・タン・ニェインを呼び、最大野党のNLDに対し、閉鎖していた地方支部の再開を許可し、また2003年にスー・チーさんを拘束した際に地方支部の閉鎖を命じた。NLDは12日にはカヤー州以外にあるNLDの地方事務所(約300カ所)を再開したと発表しが、総選挙に参加するかしないかは明らかにしてない。総選挙に参加するということは、スー・チーさんを党員から省くということである。スー・チーさん無しで、NLDの勝利はあり得ない。これからNLDは党を守るか、またはスー・チーさんを守るかを決めなければならない。更に問題は、60日以内に政党登録を行われなければ政党としての立場がなくなるということであり、NLDにとって危機的事態である。このような状況の中、11日にはシャン国民民主連盟を含む仲間党の少数民族12党は軍政の憲法を改正しなければ総選挙に参加しないと発表した。
また、20年間軍事政権の刑務所に収容された後、昨年釈放されたNLDの幹部であるウィン・テンさんは12日の80歳の誕生日で、軍政の弾圧について民主化活動家たちは軍事政権と戦うよう、スピーチした。1990年から2010年までおよそ20年もの間、NLDはアウン・サン・スー・チーさんだけに頼り過ぎている。スー・チーさんが軟禁から釈放された1995年と2003年には動きがあるものの、軟禁されるとなくなる。2007年の僧侶達のサフラン革命にもNLDの運動は少なかった。これからのNLDの課題は、スー・チーさんのような指導者を多くつくることだ。党員は皆スー・チーさんのようになり、また幹部を若い世代の人々に担うことが大事だ。幹部達はスー・チーさんがいなくてもスー・チーさんのようにミャンマー全国を回り、国民を引っ張っていくことが大事だ。NLDは国民が動くのを待つのではなく、国民の前に出て、国民を動かすべきだ。確かに今現在のNLDは弱い。しかし、それは軍事政権による弾圧で多くの党員が収容や殺害されたり、海外に亡命しているからである。NLDの誤りの一つは軍事政権が党の解散を命じることを恐れるが為、強く軍事政権に批判しデモなどを行った一部の党員たちを離したことはNLDの幹部達の誤りである。これからNLDは反省をし、強く戦うべきだ。
NLDの大事な課題は、総選挙について何を決めるかである。それはビルマ(ミャンマー)の未来であるだろう。
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