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関城

 
          関城
 
関城は茨城県筑西市関館にあった城です。現在、城跡は一部民家や畑になっている場所もあるが、遺構は点在しており国指定史跡に指定されています。 。
関城は、大宝沼に突出した半島状の約30mの台地に築かれ、東側・西側・南側は、大宝沼の水辺に臨んでいた。 大宝沼の南側には大宝城が存在し、さらに東方に駒城が存在していた。
 
                                      関城主・関宗祐の墓
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関城は、鎌倉時代初頭に結城家2代朝広の4男朝泰結城家所領の関荘を相続したことに始まり、子孫は代々関氏を称した。
 
 
 
 
 
 
 
 
   
                                                                                           城址碑
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関城主・関宗祐は、吉野から海路東国に向かい、常陸国に漂着した北畠親房に協力し、関城に迎え入れる。
興国2年(1341年)小田城から移った北畠親房が、同4年城の陥落前まで留まって、小田城で書いた日本史の本「神皇正統記」に筆を加えて完成したことでも有名です。 
 
 
                                                                                                                                                    案内板
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小田城陥落後は、南北朝の争乱において、南朝方の政治上・軍事上の拠点となり、大宝城、駒城などと共に北朝方の高師冬軍と激戦を繰り返したが、関城との連絡路を絶たれた大宝城下妻政泰が討死し、1343(興国4)年、落城間際に北畠親房は脱出し、同年11月に関宗祐・宗政父子は討死し、関城は落城した。
 
 
 
 
 
                                              案内図
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別名            なし
城郭構造   平城
天守構造       なし
築城者         関朝泰
主城主         関氏
改修者     なし
築城年      鎌倉時代
廃城年         不明
遺構            土塁、空堀、坑道址
再建造物      なし
所在地  ・茨城県筑西市関館
アクセス ・関東鉄道常総線「とばのえ」徒歩30分
 

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