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福島県南会津郡下郷町にある山間にひっそりたたずむ村会津西街道、大内宿にいってきました。
江戸時代の宿場を今に残す、全国でも数少ない集落らしいです。この村を通る街道は、会津西街道または南山通りあるいは下野街道と呼ばれ、城下町会津若松と栃木県今市を結ぶ重要な街道だったようです。数万俵の廻米や生活物資、参勤交代の大名行列や旅人もこの街道を通り、この宿場で疲れを癒やしたようです。
明治17年、現在の国道121号線が開通すると大内宿はその道すじから遠く離れ、人影も跡絶え、衰退していきます。この事は大内宿の町並みが残される大きな要因となったようです。
昭和に入っても旧街道の両側には茅葺屋根の建物が軒を連ねていたようです。大内宿を含む前後10キロには旧会津西街道の石畳や、三郡境の塚、茶屋跡、一里塚、馬頭観世音碑などの遺構が見られることから国指定史跡に指定されています。 民宿や土産物屋、蕎麦屋などが多数立ち並らんでいましたが、到着した時間が遅かったのでお店は閉まってしまっていました。
特に蕎麦やが多く高遠そばの名で知られているようで、箸の代わりにネギを用いて蕎麦を食べる風習があるようです。。 |
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