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世界遺産の日光の寺社へ
国道119号で神橋を右に行き247号が二股になるところを左に行き駐車場に車を止めました。
【二荒山神社神橋】
長さ28メートル、幅6メートルの朱塗りの橋で大谷川の清流に、神聖な橋として古くから架けられています。神橋は二荒山神社創建の為に架けられ1,220年の歴史を誇り古くより多くの人が神橋を渡って二荒山神社に詣でています。
奈良時代にはじめて掛けられ、江戸時代初期に現在の形になりました。明治時代に一度、流失したが、2年後に架橋しています。 日光にくると必ず目に付きますが、自分は一度も渡った事がありません。
【 日光東照宮 石鳥居】
大駐車場から階段を登り真っすぐ進むと右手に境内の入り口の石鳥居があります。この石鳥居は大きさは高さ9m、柱の太さ3.6m、柱の間隔が6.8mあり、京都の八坂神社、鎌倉の鶴岡八幡宮の鳥居と共に日本三大鳥居の一つに数えられています。ご鎮座翌年の元和4年(1618)、九州筑前(福岡県)藩主黒田長政公によって奉納されました。石材は、まず九州から船で小山まで運ばれ、その後陸路人力でこの日光まで運ばれました。
【日光東照宮 五重塔】
石鳥居をくぐると左手に五重塔がありました。慶安3年(1648)に若狭の国(福井県)小浜藩主酒井忠勝公によって奉納されました。文化12年火災にあいましたが、その後文政元年(1818)に同藩主酒井忠進公によって再建されました。
【日光東照宮 表門】
真っすぐ進むと表門につきます。
東照宮最初の門で、左右に仁王像が安置されているところから仁王門とも呼ばれています。
左右の仁王像は迫力満点です。
【日光東照宮 神厩舎・三猿】
表門から中に入ると直ぐに神厩舎があります。
三猿で有名な「見ざる・言わざる・聞かざる」の彫刻があります。
神厩舎は、ご神馬をつなぐ厩(うまや)です。昔から猿が馬を守るとされているところから、長押上には猿の彫刻が8面あり、人間の一生が風刺されています。
【日光東照宮 陽明門】
境内の石畳沿いに歩いて行くと鳥居の先に陽明門が見えます。
日光東照宮は江戸幕府初代将軍徳川家康を神格化した東照大権現を祀る。日本全国の東照宮の総本社的存在である。正式名称は地名等を冠称しない「東照宮」で、他の東照宮との区別のために、「日光東照宮」と呼ばれることが多い。東国の精神的中心としての歴史は徳川氏の東照宮よりも遥かに早く、遅くとも源義朝による日光山造営までさかのぼりうる。さらに源頼朝がその母方の熱田大宮司家の出身者を別当に据えて以来、鎌倉幕府、関東公方、後北条氏の歴代を通じて東国の宗教的権威の一中心であり続けた。徳川氏の東照宮造営はこの歴史を巧みに利用したと考えられる。
日光東照宮は、陰陽道に強い影響を受け、本殿前に設けられた陽明門とその前の鳥居を中心に結んだ上空に北極星が来るように造られているという。また、その線を真南に行けば江戸へ着くとされ、さらに主要な建物を線で結ぶと北斗七星の配置と寸分違わぬよう設計されているという、そのため陽明門前の写真店屋のある辺りが日本一運気の強い場所と言われている。
陽明門で引き返し二荒山神社にむかいました。
【日光二荒山神社 石鳥居】
東照宮から近いので歩いても直ぐに着きます。
日光二荒山神社は日光市にある神社。正式名称は二荒山神社であるが、宇都宮市の二荒山神社との区別のために鎮座地を冠して日光二荒山神社と呼ばている。
【日光二荒山神社 神門】
漆塗りの濃い朱色がテカッていました。
【日光二荒山神社 三本杉】
巨大な杉の木が多数あり、雰囲気があります。
写真は、御神木の三本杉です。
とにかく、でかい木なので上まで写りきらなかったです。
【日光二荒山神社 拝殿】
日光といえば東照宮ですが、実はこの二荒山神社の方が格上みたいです。
二荒神社(ふたらじんじゃ)は男体山を御神体山として奈良時代に奉祀された社です。
日光二荒山神社は、「御本社」 「奥宮(男体山山頂)」 「中宮祠(中禅寺湖湖畔)」の3社が鎮座。 御本社は、新宮 滝尾神社 本宮神社の3社で構成されています。 「二荒」は音読みすると「ニコウ」となり、「日光」の地名の語源とされています。 二荒山神社は江戸時代までは神領約70郷という広大な社地を有していた。今日でも日光三山を含む日光連山8峰(男体山・女峰山・太郎山・奥白根山・前白根山・大真名子山・小真名子山・赤薙山)や華厳滝、いろは坂などを境内に含み、その広さは3,400ヘクタールという、伊勢神宮に次ぐ面積となっている。 【日光二荒山神社 かえる】
なぜか、かえるが・・・・祀られていました。
しかも、オモチャっぽい!
【日光山輪王寺 常行堂】
日が暮れてきているので人気が全くありませんでした。
常行堂は元和5年(1619)に建てられ、桁行5間、梁間6間、宝形造り、向拝一間、銅瓦葺き、古来の密教建築を踏襲した形式を持っているといわれ中央には4本の柱を建てその内部に須弥壇を配しています。常行堂は国重要文化財に指定されています。
日も暮れてきたので日光輪王寺の常行堂をみて駐車場に戻りました。
日光山輪王寺は常行堂しかいけませんでしたが右の地図の黄色い所は全て日光輪王寺の建物になるようです。
白い部分が東照宮と二荒山神社です。
地図で見ると入り組んでいるのがわかります。
東照宮、二荒山神社とあわせて「二社一寺」と称されています。境内は、東照宮、二荒山神社の境内とともに「日光山内」として国の史跡に指定され、「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。
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寺・神社・パワースポット(6)
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茨城県の筑波山です。
筑波山(つくばさん)は、関東地方東部、つくば山北端にある標高877mの山。西側に位置する男体山(標高871m)と東側に位置する女体山(標高877m)からなる。雅称は紫峰(しほう)。異称として、筑波嶺(つくばね)ともいう
美しい姿から富士山とも対比され、「西の富士、東の筑波」と並び称される。茨城県の県西地方からの「眺めが美しい」と平凡社の『世界大百科事典』に記載される[1]。古くは『万葉集』にも詠まれ、日本百名山、日本百景の一つに挙げられている。百名山のなかでは最も標高が低く、開聞岳(標高924m)とともに1000m未満の山。独立峰と誤解されがちだが、実際には八溝山地最南端の筑波山塊に位置している[。さらに山体の勾配が指数関数的なので火山と間違えられることがあるが、筑波山は火山ではなく、深成岩(花崗岩)が隆起して風雨で削られたため現在のような形になったとされる。なお、山頂部分は花崗岩ではなく斑れい岩からなる。
これは筑波山はガマの油有名だかららしいです。
【八脚楼門】(間口五間二尺 奥行三間)
寛永10年11月(1633)三代将軍家光公寄進 宝暦4年(1757)焼失 再建 明和4年(1767)再び焼失 文化8年(1811)再建 県内随一の規模。 これより神体山である筑波山を望み神社の境内地山頂を含む約370町歩(ha)に及ぶ。往古はこれより遥拝したといわれ、自然と社殿とが一つになり神ながらの荘厳さを感じせしめる霊所である。】 【切妻造小羽葺屋根付】(間口一間 奥行四間)
寛永10年11月(1633)三代将軍家光公寄進 元禄15年6月(1703)五代将軍綱吉公改修 安土桃山時代の豪壮な遺風が見られる。 天正18年徳川家康公が江戸城に入城され 筑波山を仰いで江戸城鎮護の霊山と崇められた。 この御神橋は春秋の御座替祭(4月1日・11月1日)・年越祭(2月10日11日)に参拝者の渡橋が許される。 本堂です。
神社から筑波山梅林に行ってみました。
筑波山中腹(標高250m付近)にはつくば市営の梅林がある。白梅、紅梅などの約30種、3,000本程の梅が約4.5haの園内に植えられており、「木道」や「あずまや」が整備されている。早咲きのものは1月下旬から見頃となり、最盛期には山肌からところどころのぞく筑波石の巨岩と満開の梅とが独特の風景をつくり出す。また、好天時には富士山や東京の高層ビルを見渡せることもある。
毎年2月中旬から3月中旬にかけて開催される「筑波山梅まつり」期間中には、ガマの油売り口上、甘酒・梅茶のサービス、茶会などが催され多くの観光客が訪れる。 初めての梅林に行ったのですが凄く綺麗でした。
梅林の上の方に休憩所がありそこから撮りました。
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千葉の国道127号線沿いにある崖ノ観音に行ってみました。
バイクで舘山まで行きそのまま海沿いを北上し右側にあります。
この道はあちこちに隧道があり道も適度にカーブがりとても走っていて気持ちの良い道です。
こんな感じに右側にみえたので取りあえず近くに行ってみました。
近づいて下から見るとこんな感じです。
階段で上まで行きます。
舘山湾が見渡せます。
【説明】
この観音堂の本尊は、十一観世音菩薩で船形山の崖この観音堂の本尊は、十一観世音菩薩で船形山の崖の中腹にある祠に刻まれています。
所在地 ・葉県館山市船形835
アクセス ・名古船形駅から徒歩15分
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福島のいわき市にある波立薬師、弁天島に行ってみました。
島の上で釣りをしている人も結構いました。
橋を渡って島まで行ったら
右みたいな穴がいっぱいあり
波がくるたびに穴から水が噴き出して
ました。
小さい穴からも勢いよく水が噴き出したりもしていました。
【説明】
閼伽井、八茎とともにいわき三大薬師のひとつに数えられ、徳一上人の開基といわれる。本殿から国道6号をはさんで向かい側にある海岸は波立海岸である。このあたりの海岸線は奇岩怪石が連なり、海には歩道橋で結ばれた弁天島があり、鳥居が設置されている。荒波を常に受けており、地元では渦潮が見られるスポットとされている。また、県内随一の初日の出のスポットとして有名で、地元企業の新年のテレビCMの背景にも良く使われる。但し天候次第では橋も波を被ることがあり注意が必要。
ここは有数の日の出スポットらしいですが、見たのは夕日でした。
住所:・福島県いわき市久之浜町田之網字横内89
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鋸山に行ってきました。
舘山自動車道を富津金谷で降りて南下すると直ぐにロープウェイの看板が目にはいります。
車を降りてロープウェイで登りました。
ローウェイを降りると直ぐに展望台があり行ってみました。
いきなり雲が出てきて怪しい感じになってきちゃいましたので先を急ぐことにしました。
歩いていると切り通しの道が出てきました。
なんでも鋸山は良質石材の産地として、江戸時代から盛んに採石が行われた(石切場跡は現在も残存する)らしいです。結果、露出した山肌の岩が鋸の歯状に見えることからこの名で呼ばれるようになったらしいので、納得です。
切り通しを抜けると石仏がどど〜〜〜ん
とありました。これはかなり作るの大変そうですよね。
作った人を尊敬します。
石仏を見ていると日本じゃなくて中央アジアら辺に来たみたいでした。
石仏の場所から上を見上げると地獄のぞきがみえます。今度は地獄のぞきに向かいます。
ここまで着くのにかなりの階段があって、かなり疲れましたが、地獄のぞきに着しました。
結構な高さがあり眺めも良かったです。
地獄のぞきから今度は日本寺の大仏を見に行きました。31メートルあるそうです。
日本寺の説明には日本寺は、正式には「乾坤山 日本寺(けんこんざん にほんじ)」といい、725年(神亀2年)に聖武天皇の勅詔により行基によって開かれた古刹である。と書いてありかなり古いお寺みたいですね
一通りみたのでロープウェイまで戻り直ぐ近くの海まで足をのばしました。元名海岸って言うらしいです。
ちょうど内房線が走っていたので撮ってみました。
ローカル感がありますね。
夕方の海はやっぱり綺麗ですね。
アクアラインで行くと遠く感じていた、房総半島が身近になった気がします。
鋸南町商工会ホ-ムページ
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