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日本鉱業は銅を製錬する基幹会社で、かつてのトップは久原房之助と言う方と記憶する。銅を製錬するためには鉱害を抑える必要があり、僻地だった大分県佐賀関半島の先端がその場所として選ばれたのだ。
今では関サバのブランドで有名であるが、昔から豊後水道の豊かな水産物は、近隣に知れ渡っていたのである。佐賀関には水産市場があり、ポンポンと音がする焼玉エンジンの漁船が走りまわっていたと聞く。
そこに鉱害を出す恐れがある製錬所が建設されることになり水産関係者も国策会社故、協力せざるを得なかったとおもわれる。銅は砲弾を作り電線として役立ち、鉄と並んで戦略物資であり、生産が急がれた。
公害の概念が未だ無い時代、国家にモノ申すなんて怖れ多い時代だった。久原さん側も鉱害を極力少なくするため、工場から岬の高台ま数本の煙道で有毒ガスを導き、当時、東洋一と言われた煙突に接続した。
私も従姉の結婚式に佐賀関を訪れた際、煙道の近くに立ち寄ってみた。太いコンクリート製の煙道が地形に沿った形で煙突の下部に達し、太いコンクリート製の煙突が天高く聳え立っていた。煙は無かったが。
日本の国力はどうして発揮出来たのだろうか。あの日本陸海軍の装備はいかにして整備されてきたのだろうかと深い感慨を持った。今に日本は各地の工場団地で、世界に向かって良い製品を送り出しているが。
世界のトップクラスの優秀な製品を作る日本産業界も、明治、大正、昭和の激動時代を生き抜くため、国民の知る範囲を越えて、国家の存立をかけた、激烈な国際競争社会に伍していたことを想うのである。
国家は、国民、領土、統治行為、等の総合的な力の総体である。国を追われる流浪の民の経験を持たない日本人は、国家が自立するためにどのようなリスクを背負い、どのような覚悟が居るのかを知らない。
領土の1センチ、いや1ミリたりとも奪われてはならないと言う普通の感覚を持たない人が多い。日本列島は日本人だけのものではないと公言する政治家が、友愛と称して国を浮遊させようと画策している。
千数百年の長い歴史と深くて多彩な文化が花開いた日本に、今、大いなる危機が迫っている。日本の子供を持つ女性が子供を暴漢から守ろうとした際、わが子を庇い、相手に背を向けることが多いそうだが。
他国ではわが子を背中に廻し、相手に立ち向かうのが良しとされるやに何処かで聞いたことがある。危機に際し、背を向けて「見ない振りをする」のか、相手に向かって行くのか、厳しく問われているのだ。
「戦争」と言う言葉を、人類史上初めて日本人が発明したかの如き歴史認識でモノを語る人が居る。人類の歴史は悲しいかな、戦争の歴史であり、戦争が近代文明の推進に役立った事実を忘れてはならない。
インスタント・コーヒーの宣伝で、アインシュタインに似た顔の人物がテレビでよく見るが、原子爆弾を作った原子物理学者のメンバーであることは一般に知られているのだろうか。苦いコーヒーではないか。
佐賀関の煙道や高い煙突が、吾母方の祖父の所有する土地に建てられたのを知ったのは最近であった。従兄も健在で、製錬所に勤めていたことがあったと聞く。関サバ、城下カレイが有名になった。
ところが先日、痛ましいことに、日本鉱業佐賀関製錬所の港に於いて、鉱物運搬船の中で作業員の方が死亡される事故が発生した。酸素が不足したまま作業し、倒れた方を救出しようとした方も亡くなられた。
大分県の臼杵は出生地で佐賀関は母方の父祖の地である。懐かしい佐賀関のニュースに接した結果、悲惨な船舶事故を知った。検索すると、過去にも同じような事故が起きている。何故、先例を無視するのだ。
怒りが頭を去来する。作業員の安全を考えていたのだうか?。安全装備、相互監視制度、救急体制等の検証が過去に為されていたのだろうか?。複雑多岐に亘る国家運営とは違った現場の責任感欠如を感じる。
亡くなられた方の苦痛を偲び、哀悼の誠を捧げます。残されたであろうご遺族の方に対し、心からのお悔やみを申し上げます。日本鉱業の関係者の、再発防止、事故に対する適切な対応を期待する次第です。
左は、当時東洋一と言われた160mの煙突で、右は、200mもある現在の煙突です。ウキペディアからの写真を借りました。ありがとう御座います。
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